第三話 魔術学院入試
王都魔術学院の門の前には、すでに多くの若者が集まっていた。
年齢は十五前後が多い。服装も様々だ。地方の旅装の者、都市の学生服らしきものを着ている者、そして上質な貴族服の者もいる。
全員が同じ目的でここに来ている。
王都魔術学院の入学試験。
王国で魔術師を目指す者にとって、最大の関門だった。
門をくぐると、広い中庭が広がっていた。芝生の向こうには石造りの校舎が並び、その奥には高い塔が見える。
中央には大きな噴水があり、その周囲に受験者たちが集まっていた。
ルークは周囲を見回しながら歩く。
(多いな……)
ざっと見ただけでも百人以上はいる。
全員が魔力を扱える人間だと考えると、少し不思議な気分になる。
村では魔力を持つ人間などほとんどいなかった。
だが王都では、それが普通なのだ。
「……あなたも受験生?」
突然、声をかけられた。
振り向くと、昨日広場で見た少女が立っていた。
金色の髪を後ろでまとめ、落ち着いた表情をしている。
ルークは少し驚いた。
「……あ、えっと。はい」
「そう」
少女はそれだけ言うと、周囲を見渡した。
「思ったより多いわね」
「そうですね」
短いやり取りだったが、妙に緊張する。
そのとき、遠くで鐘が鳴った。
学院の職員らしい人物が声を上げる。
「受験者は試験棟へ移動してください! 筆記試験を行います!」
ざわめきが広がり、人の流れが動き始めた。
ルークもその流れに乗って建物の中へ入る。
石造りの廊下は広く、壁には魔術陣の装飾が刻まれていた。
やがて一つの大きな教室へ案内される。
机が整然と並び、受験者たちが席に着いていく。
ルークも空いている席に座った。
そのとき、隣の席から声がした。
「君も地方出身かな?」
振り向くと、細身の少年が本を読んでいた。
机の上には分厚い魔術書が置かれている。
「えっと……はい」
「やっぱり」
少年は微笑んだ。
「靴に旅の土がついてる」
ルークは慌てて足元を見る。
確かに少し汚れていた。
「僕はアルト。理論魔術が好きなんだ」
「ルークです」
「よろしく」
アルトは本を閉じる。
「筆記試験はそれほど難しくないと思うよ」
その言葉に、ルークは少し安心した。
だが試験が始まって数分後、その安心は消えた。
(……難しい)
問題は魔術理論だった。
魔素の流動理論。
術式安定条件。
魔法陣の構造。
村で独学していた内容もあるが、知らない問題も多い。
ルークは眉をひそめながら問題を解いていく。
ふと横を見ると、アルトはもう半分以上終わっていた。
(早いな……)
鐘が鳴り、試験終了。
答案が回収される。
「次は実技試験です!」
職員の声が響いた。
受験者たちは再び移動を始める。
案内されたのは広い訓練場だった。
地面は石で固められ、周囲には観覧席のような段差がある。
その上には数人の教授が立っていた。
その中の一人に、ルークの視線が止まる。
黒いローブ。
長い髪。
無表情な男。
周囲の教授とは雰囲気が違う。
まるで空気が冷えているようだった。
「……あの人」
誰かが小声で言う。
「グレイ教授だ」
「理論魔術の権威だぞ」
グレイ教授は腕を組んだまま、静かに受験者たちを見ている。
もう一人、対照的な人物がいた。
大柄な男だ。
「よーし! 気合入れていけ!」
大声が響く。
「魔術は実戦だ! 怖がるな!」
受験者たちが驚く。
どうやら実技担当の教授らしい。
試験が始まった。
受験者は順番に魔術を発動する。
火球。
風刃。
氷結。
中には失敗する者もいた。
やがてルークの番が来る。
試験官が言った。
「初級魔術を発動してください」
ルークは軽く息を吸う。
魔力を収束させる。
術式を組む。
そして。
「──火球」
詠唱は短い。
次の瞬間、火球が射出された。
かなり速い。
観覧席で、グレイ教授の目がわずかに動いた。
「……ほう」
小さく呟く。
ルークはさらに続けて風刃を放つ。
連続発動。
試験官が目を見開いた。
「……早いな」
試験が終わると、ルークは一歩下がった。
そのとき、後ろから声がした。
「見事だ!」
振り向くと、赤い髪の青年が立っていた。
上質な制服を着ている。
どう見ても貴族だ。
「私はフェルディス!」
胸を張る。
「貴族の家に生まれた者として、優秀な魔術師には敬意を払う!」
周囲の受験者が少し引く。
フェルディスは構わず続けた。
「君は強い!」
「……ありがとうございます」
「だが!」
フェルディスは指を突きつけた。
「私も負けない!」
堂々と言い切る。
ルークは少し笑った。
「楽しみにしてます」
ルークがそう答えると、フェルディスは満足そうに頷いた。
「うむ! では互いに全力を尽くそうではないか!」
そう言って自分の順番の列へと戻っていく。
その背中を見送りながら、ルークは小さく息を吐いた。
周囲ではまだ実技試験が続いている。
火球が飛び、風刃が石壁を削り、時折小さな爆発音が響く。
受験者たちはそれぞれ緊張した表情で順番を待っていた。
やがて最後の受験者の魔術が終わり、試験官が声を上げる。
「これで実技試験は終了です!」
ざわめきが広がる。
「続いて面談試験を行います。番号順に呼び出しますので待機してください」
受験者たちは訓練場の端に集められた。
緊張した空気が流れる。
ルークは深く息を吸った。
ここまで来れば、もうやることはない。
あとは、聞かれたことに答えるだけだ。
やがて名前が呼ばれた。
「ルーク・ヴァレン」
「はい」
ルークは一歩前に出た。
案内された部屋は、小さな応接室のような場所だった。
机の向こうに座っていたのは──
グレイ教授だった。
黒いローブの男は、書類に目を落としたまま言う。
「ルーク・ヴァレン」
「はい」
「なぜ魔術師を目指す」
短い質問だった。
ルークは少しだけ考える。
そして答えた。
「……守る力が欲しいからです」
「何を」
「村を」
グレイ教授はしばらく黙っていた。
やがて、わずかに口元を動かす。
「そうか」
それだけ言うと、紙に何かを書き込んだ。
「以上だ」
面談は終わった。
部屋を出ると、廊下にはまだ何人かの受験者が待っていた。
その中には、広場で会った少女の姿もあった。
彼女と一瞬だけ目が合う。
ルークは軽く会釈した。
少女は静かに頷くだけだった。
学院の外へ出ると、夕方の光が中庭を照らしていた。
長い一日だった。
筆記、実技、面談。
すべて終わった。
だが──
結果はまだ出ていない。
ルークは門の前で立ち止まる。
(……どうだろうな)
筆記は少し不安がある。
実技は悪くなかったと思う。
面談も、特に失敗はしていない。
だが、それだけで合格できるほど甘い試験ではないはずだ。
門の向こうには王都の街が広がっている。
その向こうに、自分の故郷の村がある。
もし落ちれば──
帰るしかない。
ルークは小さく息を吐いた。
そして、もう一度だけ振り返る。
王都魔術学院の塔が、夕焼けの中に立っていた。
(……頼む)
心の中で、そう呟く。
合格発表は、明日の朝だ。




