8話 朝焼けの侵入者
それから数日間、闘技場近くの宿に泊まり、ちょこちょことギルドの依頼をこなしながら合否発表日を待った。そしてその日がやってきた。
早朝、窓を開けるとまだ空は深い青色に染まっている。白い月がまだこちらを優しく見守っているこんな時間に表から宿を出れば宿泊客や従業員に足音でばれてしまうかもしれない。
開け放たれた窓から流れ込んできたひんやりとした外気に肌が触れて初めて外の寒さに気が付く。外套の下にもう一枚上着を重ね着し、編み上げられた革靴に手を伸ばす。
身支度をしている間に部屋の中の暖かな空気が外気によって冷やされてしまった。ぶるっと身震いしてしまうほど早朝の気温は低い。
窓のサッシに足を掛けると力を籠めて跳躍する。素早く屋根へ飛び移るとそのまま屋根伝いに駆けてゆく。洋瓦の上をできるだけ音を立てないように走り抜けた先には競技場が聳え立っていた。
競技場の門に目をやると眠そうに欠伸をする騎士が数人警備に就いているのが見える。
だが、競技場周りを巡回警備する騎士はいないのか、見渡す限り見当たらない。静かに外壁まで移動し闘技場を見上げる。歪な岩を積み上げて作られた外壁は登るのに苦労しなさそうだ。尖った岩に手を掛け難なく登っていく。とうとう外壁の上へ到着すると、足を外壁の外へ投げ出すようにして腰掛ける。高い闘
技場の上から町を見渡すと既に空は橙色が広がり始めていた。
「……綺麗だな」
果実が熟れたような優しく暖かな色が様々な建物を染め上げ町を一体化させていた。ほうっと思わず感嘆を漏らしてしまうほどの荘厳な景色に気を取られる。しばらくこの景色を堪能していると
「確かに綺麗だ」
急に後ろから声を掛けられた。はっとして後ろを振り返るとそこには灰色の制服に身を包み艶やかな黒髪と三角の耳が特徴的な女性が腕を組んで立っているのが目に入った。
「えっ、ロビン!?何故ここに……」
「朝早く鍛錬しに来てみたら見慣れた侵入者がいるものだから忠告に来てやったまでだ」
驚きすぎて固まっているとロビンは満足そうに口角を上げる。
「そろそろ騎士たちがこの闘技場に集まってくるぞ。気付かれないうちに降りることをお勧めするね」
にやにやと笑いながらこちらを見下ろしているロビンの格好に改めて目をやると胸元に見覚えのない記章を付けた騎士団服であった。って騎士団服?なぜ制服を……
「!!……お前、その恰好」
今日は入団試験の合否発表日であるはずだ。だというのに既に制服に腕を通しているということは、
「ああ、気づいたのか。まあ、今アンタが考えている通りだと思うけど?」
……ロビンはあの試験日、試験を受けに来た受験者などでは無かった。そう、もとから騎士であったのだ。そうでなければ闘技場内に入れないはず。では何故あの時、騎士団の制服では無かったのか、何故待合室で受験者の振りをしていたのか。
「待てよ、じゃあオルメルも」
「おはよー!ロビン!今日も早起きだなあ、……ってあれ?スゥがいるのはなんで?」
俺の言葉を遮るようにしてロビンの背後から聞き覚えのある元気溌剌な声が聞こえてきた。見るとやはりオルメルがロビンと同じ灰色の制服を身に纏っているのが視界に入る。
「オルメル、アンタは二度寝どころか三度寝する癖をどうにかしろ」
顔だけ背後にいるオルメルに向けて、機嫌悪そうに言い放ったロビンは再び俺に向き直る。
「ま、アンタの疑問はこの後すぐに解消されるはずだ」
そう言うと、ロビンはオルメルの肩を掴み半ば引きずるようにして闘技場内へ去って行った。
突然すぎることで頭が上手く回らない。何がどうなっている。あいつらは一体何がしたいのだろうか。何故、自分に絡んでくるのか。
……もしかして、俺のことを知っているのか?
汗が首を伝って地面に落ちる。急激に心臓の鼓動が早まり、自然と耳飾りに手を伸ばした。
「いや、そんなことはない、はず……」
気が付くと、陽はとっくに地平線の上に顔を出していた。重ね着したスゥを嘲笑うようにギラギラと強い日差しが照り始める。
「他の騎士に見つかる前に降りよう……」
再び外壁の出っ張った岩に手足を掛け手際よく降りて行ったが、その指は小さく震えていた。




