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7話 向上心が無い


「はぁ、眠い疲れたもう無理」

観客席の手摺に背中を預け、だらりと腕を垂らす。長時間戦っていたせいか身体の至る所が軋みを上げている。


弓使いを倒した後も何人もの受験者と戦ったが二十四人目を倒したとこで戦いを自ら離脱した。頑張る必要もないため切りの良い所で引き揚げたつもりだ。成績としては中の上あたりだろうか。


まぁ、成績はどうでもいい。それよりさっきの学院上がりはどうなったのか。


振り返って、手摺に顎を乗せながら決闘場を見下ろす。試験は既に終わっており、決闘場では怪我人の治療が行われ、最後まで戦いに残ることができたのであろう二十人はゴードン団長の前に整列して団長の話を聞いている。そのうちのほとんどが黒い制服を着ていた。やはり「学院上がり」は相当な腕前の持ち主たちなのだろう。

そしてその中にあの黒髪の学院上がりもいた。


怪我もせず離脱したため、救護班に世話になることもなく只々ぼーっと試験会場を眺めているとさっきの学院上がりがちらとこちらを見上げた。


驚きでびくっと肩を揺らしてしまい、そろそろと視線を外そうとしたが、その女性は手で何か合図を送っているのに気が付いた。


よく見ていると「そこで待て」と言いたいようだった。


試験結果が出るのは数日後であり、試験会場を今すぐ出たとてやることも無い。少しくらい待ってもいいかと肩の力を抜き再び手摺に背を預ける。


「おーい!スゥ!」

やや離れたところから聞き覚えのある声が聞こえた。


視線を向けるとふわふわとした茶髪が上下に揺れてこちらに駆けてくるのが見えた。


「試験お疲れ様!あんなに俊敏に動ける剣士はなかなかいないよ!スゥってすごいね」

「途中で棄権するのは玉に瑕だったけどな」

「あれ、でもそれだとほとんど完璧ってことを認めてることにならない?」

「アンタは一々揚げ足を取ってくるな!」

 

嬉しそうにニコニコと微笑みながら語るオルメルの後ろからゆっくりと歩いてきたのは案の定ロビンだった。


「まあそれは置いといてこの後スゥは暇?一緒にご飯でもどうかなと思ってさ」


柔らかそうな髪を揺らし、穢れのない瞳で問うオルメルをあまり視界に入れないようにする。


「……ごめん、この後少し用があって」


試験を受ける前の二人の違和感を思い出す。この二人は一体何が目的なのだろうか。


「そっかぁ、残念だなあ。用事があるならしかたないね、それにスゥはきっと疲れているだろうし、うん……」

 

見るからにしょんぼりとした大型犬の隣でつまらなそうに決闘場を見下ろしていたロビンが口を開く。


「コイツのことは気にすんなよ。構ってくれそうな人を見つけてはこうして飯に誘っているだけだ」

「そんなことないって!そう言うんだったらロビンがご飯に付き合ってよ」

 

仲か良いのか悪いのか、旧知の仲だからこそこの距離感なのかもしれない。二人の言い合いを傍で聞きながら決闘場に視線をやると、既に人は疎らになっていた。


「——おっと、もうこんな時間だ!流石にお腹が減ってきたよ。そろそろ僕らも行こうか。じゃあまたねスゥ!」


一方的にそう言うとオルメルとロビンは再び二人で会話しながら背を向けて行ってしまった。


本当に嵐みたいな奴らだな……ってあいつらの試験結果はどうだったのか聞きそびれたな。


二人の姿が闘技場内に消えるまで見届けると入れ替わるようにして黒い制服に身を包んだ女性がこちらに向かって歩いてくる。その姿はもう見慣れたと言っても過言ではないだろう。


「待たせてしまいましたね。スゥさん?で合っていますか?」

「あぁ、合っているよ。待ってはいない、雑談して時間を潰していたしな」


背筋を伸ばし、一定の歩幅で歩く姿は流石学院上がりとでも言うべきか。頭からつま先まで騎士らしさが見て取れる。


「先程の戦いで少し聞きたい事があります。」

「聞きたい事?崇高なる『学院上がり』サマが単なる冒険者に聞きたい事なんてあるのか?」


俺の言葉に対してムッとした表情を隠さずに「学院上がり」は口を開く。


「私を学院上がりと呼ばないでください。それは蔑称ですよ、私にはフィーリンという立派な名前がありますから」

「それは失礼だったな。で、フィーリンさんは何が聞きたいんだ?」

「試験中、私は貴方と戦おうとしたが貴方は戦いを拒んだ。これは自分より強い者と戦えば負けてしまい、試験で良い成績を納められないからだと理解することができました」


「……じゃあ、理解できているんじゃ?」

「ですが、良い成績を納めたいと思っているはずなのに何故、自ら棄権したのかが気になります。この試験で自ら棄権するのは臆病者くらいですよ」


「そっか、なら俺は臆病者かもしれないな」

使われることが無かった無傷の護符を取り出ししげしげと眺めながらフィーリンに言葉を返した。


「恍けないでください。貴方は何人もの受験者を倒した後に棄権を申し出たと聞きました、臆病者ならまず人を倒すこともできないでしょう」

「棄権することの何が悪いんだ?そもそも俺が棄権したところで君に一体何の関係があるっていうんだ」


高価な護符が手に入るなんてなんとお得なのだろうか。いや、もしかしたら出口付近で回収されるかもしれない。裏口があればそこから出ようか。


「確かに私には関係無いかもしれません。ですが、騎士になるのならば逃げようとする癖は直した方がいいでしょう。騎士団に入れば自身より強い相手と戦う機会など五万とあるのですから」

「助言をどうもありがとう。覚えておくよ」


正直、答えたく無い。こういう時は適当に流しておくのが良案だろう。耳飾りを手で弄りながらフィーリンの言葉を待つ。


「それで、何故棄権したのですか?何か目的があるのですか?」


どうやらフィーリンは自分が納得できるまで探求し尽くしたい性格のようだ。嫌な汗が背中を伝う。


「……これ以上頑張る必要が無いと思ったからだ。俺は別に成績優秀者になりたいわけでも落ちこぼれになりたいわけでもない。それなりの成績を納められればいいと思っているんだよ」


これ以上この先に踏み込まれるのは避けたい。誰しも触れられたくない話題はある。だというのに彼女は気にもせずズカズカと神経質なテリトリーに踏み込んでくるではないか。


「では何故、貴方は成績上位者になりたがらないのですか?貴方ならもっと高みを目指せる程優秀であるように私には感じられますが」


俺が何を思い、何を考えているのかを汲み取れず本人に直接聞こうとするあたり、フィーリンは何事にも真っ直ぐで純粋そうだ。だからこそ厄介なのだが。


「『それなり』が一番生きやすいからだ」


「それなり?」

理解が出来そうにないと言うかのように眉を顰めるフィーリンに俺は曖昧な笑みを浮かべながら答える。


「そうだ。『それなり』にしていれば面倒事に巻き込まれることはそうそうないだろう?それに俺は自分のことを優秀などと思ってはいない。この世には自分より強い者も優秀な者も溢れるほどいるのだから」


冒険者にはAからEのランクと伝説級のSランクが存在する。流石にSランクの冒険者に会ったことは無いが、二つ名持ちのAランカーやBランカーには会ったことがある。彼らの戦い方を見ていればその熟練度は自分の比にならないと分かるのだ。


それでも納得出来ないのか考え込んでしまったフィーリンはしばらく黙り込んだ後、再び口を開き、


「なるほど貴方には()()()()()()のですね」


 ……失礼なほど真っ直ぐ過ぎる。だが、踏み込まれずに済んだ。


「……確かにそうかもしれないな」

 

良い意味でも悪い意味でも素直なフィーリンに肯定の意を示すと、納得したように頷いた彼女はスッキリした表情で言葉を紡ぐ。


「納得しました。でも貴方はもっと強くなれると思いますよ。こんなに身軽に動ける人には今まで会ったことがありません。とても凄いことだと思います」


フィーリンは微笑みながらそう言った。


「そう言ってくれるとは思わなかった。ありがとう」


その微笑みにつられて顔が自然に綻んでしまう。話題が逸れてほっとしたのか肩の力が抜け、スラスラと言葉が出てきたためその後は互いの戦闘時の癖や改善点を言い合いフィーリンとの仲が深まったように感じられた。


「——ずいぶん時間を取らせてしまいましたね。今日は色々とありがとうございました。ではまた合格者発表日に会いましょう」


そう言って、くるっと俺に背を向けると背を伸ばしてスタスタと行ってしまった。気分がいいのか真っ直ぐに伸びた黒髪を左右に揺らし去っていく後ろ姿を見送り、ぽつりと独り言を漏らす。



「……はぁ、そろそろ俺も行くか。流石に疲れたな、今日は」



日が傾き始めた空に溜め息がまた一つ溶けて消えた。





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