6話 剣と弓と魔法
俺は振り上げられた大剣の背を蹴り空中に飛び上がった。古びた外套が円を描くように空に広がり、スゥの影が二人を覆う。もう一人の男は瞬時にスゥの動きを捉え、弦を引き絞る。矢に魔法を付与しているのか、矢が青白く光っているのが見て取れた。
流石にここまで残っている者は武術に加え魔法を使える者が多いようだ。魔法を使える者は世間的にも少なく、上級冒険者や花形の騎士団員になる者が多いのも特徴である。
つまり、魔法が使えるか使えないかが大きな壁になっており、魔法が使える者は平民であっても貴族の養子に入ったり、騎士団のなかでも昇進が早かったりと優遇されているのが辛い現状なのだ。
弦を揺らし矢が空を切り裂いて真っ直ぐと俺へ飛んでくる。それをすぐさま剣で叩き落とした。だが、叩き落とした瞬間、パキパキと音を立てて氷が剣を覆ってしまった。すぐに地面に着地し剣の状態を確認する。氷の重さで、剣を持つ手に余計な力が掛かり上手く剣を動かせない。
冷や汗がぶわっと吹き出る。
不味い……だが、剣はまだもう一本残っている
その様子をちらと見て素早く再び矢をつがえた男の口元がゆるりと弧を描く。矢は先程と同じ青白い光を纏っており、正確に正面から俺へ向けられていた。
背後からは大剣を引きずる甲高い金属音が聞こえ、徐々に速度を上げて俺に近づいてきているようだ。
片方の剣は氷で覆われ棍棒と化し切れ味など無いに等しく、前も後ろも敵が居る。
逃げ場が無い状況の中にいるというのに焦りや不安、緊張以外にあるひとつの感情がスゥの心の中にふつふつと湧き上がってきていた。
弦はキリキリと音を立てて引き絞られいつ放たれてもおかしくはなく、背後では金属音が止んだことから大剣が上へと振り上げられているのだと分かる。
このまま突っ立っていたらほんの数秒で氷矢が頭を貫き、大剣が身体を縦に切り裂くだろう。
そんな未来が頭を駆け抜けると血管が強く脈打ち、ドクドクと心音がはっきりと聞こえてくる気がする。頬が紅潮し、自然と口角が上がる。
冒険者の中でこの感情を抱いたことのある者は少なくないだろう。自分の全てが終わってしまうかもしれない瀬戸際でしか得られない緊張と高揚。一度味わったら、一度でもその快楽に身を浸したのなら、もう忘れることはできない。こんなにも死に近く、死に触れそうになる状況が、一番避けなければいけない状況であるというのに、心の奥底が疼いて仕方がない。
頭が可笑しくなっている、そう冷静に理解しているはずなのに。いや、だからこそ戦いは辞められない。この中毒性は冒険者を蝕む死神だ。そうやって多くの冒険者が死んでいったというのに、愚かなことだ。
弦が空気を揺らし、矢が直線状に飛翔する。青白い光を纏った矢は夜空を翔る流星のごとく美しいのに、今まさに自分の命を狩ろうとしている。
背後からは大剣が空を切り裂き振り下ろされ、空気を揺らす程の衝撃波を感じる。
氷矢が鼻先にまで迫ったその一瞬、俺は足に魔力を込めて足を強化させ、上へ素早く跳躍した。俺目掛けて飛んできていた矢は背後に迫っていた狂戦士へ飛び、射抜く寸前に狂戦士が持っていたであろう護符が発動する。パリーンと護符が張った半透明の壁が割れた。
その状況を見た弓使いの男は目を見開き、多少驚いたようだが、すぐさま新しい矢を背に掛けてある筒から取り出し、弓につがえる。
俺は護符が破られた衝撃で倒れ込んだ狂戦士の隣へ着地する。
気を失っているであろうその男の顔は苦痛で歪み、みるみるうちに青くなっていく。その様子を視界に入れた途端、何か光のようなものが頭の中を駆け巡った。
懐かしさと共にある人の悲しそうな、何かを悟ったような笑顔がぼんやりと脳裏に浮かび上がる。
固く結んだ紐が解けるように幼き頃の記憶がスルスルと蘇ってくる。
使い込まれた木製の竪琴を腕に抱き、柔らかな声色で語り掛けてくれたその人はいつもスゥを気遣い、心配してくれた。時に厳しく時に優しい父のような母のようなその人は何も分からないスゥに生きる術と知恵を授けてくれた。
一気に頭が冴え渡り、先程の自分の狂気じみた感情にじわじわと恐怖を覚える。
……また良くないことをしてしまった。あの人がいつも叱ってくれていたというのに、俺はまた……
気持ちを切り替えようと剣を力強く握りしめ、深く息を吐いてから顔を上げる。
男は再び弓を引き絞り、力が篭っているのか手元が微妙に震えているのが見て取れた。
ゆっくりと前へ一歩踏み出し、剣を男に向けて構える。暫くの間睨み合いが続いたが、誰かが風魔法を使ったのか急に横から突風が吹き、砂埃が二人の視界を遮った。
チャンスを逃す訳にいかない……!
砂埃の中、男に向かって駆け出す。
視界が取れないのは弓使いにとって死活問題だ。この絶好の機会を逃せば、チャンスは相手へ移るだろう。ただでさえこちらはだだっ広い決闘場の中で短距離の武器を使っているというのに、相手は氷魔法も扱える弓使いだ。
走っているうちに、突如として砂塵の視界が開ける。再び男を視界に捉えた時、男はどこからスゥが出てくるか分からなかったようで、砂埃から飛び出てきた俺に驚いて動作が遅れていた。
飛び出た勢いそのままに剣を男の首目掛けて振り翳す。
首に刃が触れる瞬間、パキと護符の壁にひびが入り、遂にパリーンと弾けた。
散り散りになった硝子のような欠片が日光を浴びてキラキラと輝きながら空気へ溶けていき、その中で耳
飾りだけが存在感を示すように深い紫色を纏い輝いていた。
ふっと息を吐き、ゆっくりと剣を鞘へと納め、俺はそこで立ち尽くすようにその光景を眺めていた。




