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27話 休日に稽古


「まずは構えろ」


俺たちは今、訓練場にいる。俺たち以外の人影は無く、頭上に広がる青空は今日の俺たちを歓迎しているようだった。


「ええ、分かったわ」


彼女に剣を構えさせ、俺も鞘から剣を抜く。


陽光が鋼を照らし、鈍く輝く。刃の先に見る彼女の瞳は澄んだ海の色を湛えている。


「じゃあ掛かって来い」


その瞬間、イシュリーの身体が前に沈み、剣の切っ先が俺の腹目掛けて突き出される。


低姿勢の攻撃は躱しにくい。だが、躱せない訳でもない。


踏み込むような突きに合わせて、背を後ろへ倒し、魔力を足に纏わせて、足先をイシュリーの足元へ滑り込ませる。


刃が横腹に触れる前にイシュリーの足を払い、姿勢を崩れさせれば、完璧だ。


「うわっ!」


足を掬われ、前に手をついて倒れそうになるイシュリーの長剣を蹴り上げると、剣は彼女の手から離れくるくると宙を舞い、音を立てて地に落ちた。


蹴り上げた勢いのまま一回転して立ち上がると、顔から倒れ落ちたイシュリーの旋毛がよく見えた。


その姿が年頃の少女のようで、自然と笑みが零れ出る。


「大胆に転んだな」


「アハハ!こりゃァ傑作だァ!」


「~ッ!笑うなっ!!」


観戦していたラヴェルは腹を抱えて笑い転げ、イシュリーは砂まみれの顔で百面相している。


「まあ、俺から教えられるのは体術ぐらいだろう、剣の腕前はそちらが上だろうし。それに魔法師の多くは接近戦が苦手だから体術は十分役に立つと思うよ」


「分かったわ、ぜひ教えて頂戴」


突くべき相手の隙や、関節技、剣術との組み合わせなど、俺の独学でしかないが、できることを少しずつ彼女に教えた。



体術を交えながら、何度も刃が交錯する。


甲高い金属音と、乱れた息、お互いの肩が上下する。


切っ先は美しい弧を描き、それと乖離して足先は相手の脛目掛けて蹴りを繰り出す。


それに気づいたイシュリーは、さっと足を引き、前かがみになった俺の心臓目掛けて下から上へ拳を突き上げる。


「なんだか様になってきたな」


体勢を崩しながらなんとか避ける。流石に上達が早い。


彼女の動きは先ほどよりもぎこちなさが薄まり、より滑らかになっている。


「ふふっ、でしょう?私は覚えが早いのよ」


自信満々なようだがその通りだと思い、頷いて見せる。


「そろそろ見飽きた、次はオレの番だ」


ラヴェルが痺れを切らしたのか、既に鞘から剣を抜いた状態で此方へゆったりと歩みを進める。


流石に待たせ過ぎたかもしれない。元々じっとしているような性質じゃないだろうし。


だが、機嫌は良いようで鼻歌交じりの素振りをしている。


「すまなかった、待たせたな。じゃあ俺は休憩に入るけど、イシュリーは疲れていないか?」


「こんなの朝飯前よ!いつもの鍛錬に比べたら楽な方ですし」


胸に手を当て、調子の良さそうな声色で告げる。


自信満々に胸を張った時、一瞬、キラリと何かが光る。


見ると、首元の血色の良い小麦色の肌に銀の環が輝いていた。


ネックレスだろうか、よく見ると細かな鎖の先に新緑の鉱石が銀細工で包み込まれるように飾られている。


宝石の類には興味が無かったように思っていたが実はそうでもないらしい。


彼女の首飾りを横目に剣を鞘に納める。


振り返ると、ラヴェルもその首飾りに魅入っていた。


宝石は魔力を通す良い媒体でもあるから興味があるのだろう。


だが、ラヴェルは動かない。若草に滴る露のような輝かしい限りの石に視線が釘付けなようだ。


そんなに宝石が好きだったのか?だが、こんなにラヴェルが注視しているのは珍しい。


いや珍しいどころか、異様だ。


「……おい、普段からソレ、持ってンのか?」


静かに、しかしながら、その言葉は重く存在感がある。


「え?それって、このネックレスの事?ええ、いつもは服の下に入れているのだけど、稽古の最中に外へ出てしまったみたいね」


「そうか、見せてみろ」


ラヴェルはその長い足で彼女の元へ歩みを進める。


目の前まで来ると、彼女を覗き込むように見つめ、その胸元へ手を伸ばした。


木漏れ日の光を放つそれをそっと持ち上げ、まじまじと観察し始める。


「へェー……イイ代物だな」


乾いた笑いだった。


納得いったという表情を一瞬浮かべたと思ったら、直ぐに柔らかな笑みを張り付ける。


その笑顔を間近に見て、イシュリーは顔を熟れた果実のように赤く染める。


……女誑しめ、これを分かっててやっているのかやっていないのか。それだけで罪の重さが変わる。いつか背中から刺されてしまえ。


うんざりとした気分だが、やはり首飾りに対する反応が引っかかる。


何に気づいたのか、何を思ったのか、何がそんなにお前を引き付けたのか。


「まァこんなコトどーでもいい」


「え、感想それだけ!?『綺麗だね、良く似合っているよ』くらい言ったらどうなの?」


「オレにそんなコト求めンな、あと別に似合ってねェし」


あ、また言った。流石の俺も引く。今日だけで何回怒らせるんだ。このままでは地雷の上で一日踊り明かすようなものだ。


「……貴方の良い所はその飾りみたいな顔だけね!中身は腐っているようだし!」


眉をピクピク震えさせ、額に血管が浮き出ている。


可愛らしい顔が台無しだ、……と言ったら次は俺の首が飛ぶ。


口を閉ざして少し離れた場所から見守ることとしよう。


「怒ってンのか?」


「まさか、怒ってないとでも思っているのかしら?」


「いやァ、それこそどうでもいいがなァ。ただ、怒りは良い感情だ。人を突き動かす原動力になる」


ラヴェルは目を細め、イシュリーの瞳を真っ直ぐ見つめた。


目は口程に物を言うとはよく言ったものだ。俺からは良く見えないが、ラヴェルは彼女の感情をその眼で推し量っている。きっと、雷鳴轟く暗雲がその瞳に映し出されていることだろう。


けれど奴の語る感情論は俺にはよく分からない。


怒りなんて生まれること自体無い方が良いと思うし、自分勝手に他者を傷つける恐ろしい感情なのだからそんなものに振り回されるのは耐えられない苦痛だ。


だから、なぜ彼はそう思うのか疑問でしかない。


ラヴェルは剣を顔の前に構え、手首を返す。踵を合わせ背筋を伸ばし、剣を握らぬ手は背後に回される。


よく研ぎ澄まされた刃には赤き瞳が宿る。


あまり見たことのない構え方だ。各地を回ってきた冒険者の身としても見たことが無い。独自のものだったとしても、どこか洗練され、見る者を惹きつける何かがあった。


イシュリーもその違和を感じたのか慌てて剣を構える。


「何をするの?私、まだ何も説明されていないのだけど」


「……」


それでも何も言わず、ラヴェルはイシュリーに切りかかった。


交差する刃をラヴェルは意図して滑らせる。舞うかの如く剣を扱い、イシュリーを翻弄する。時に大胆に時に謙虚に、その切っ先の描く旋律は傍から見ても美しい。だが、美しいだけではない。確実に相手を追い詰め、虎視眈々と首を狙う血生臭い剣技でもあった。


俺は美しさの中に垣間見える残酷さを目の当たりにした。


苦しみで顔が歪むイシュリーは重心を落として、降りかかる剣技に何とか対応する。


しかしラヴェルは容赦が全く無い。


相手が下がれば、詰め寄る。相手が詰め寄れば、足を引く。まるで円舞曲のようだった。


絶妙な距離を保つようにステップを踏む赤眼の男は金色の髪を鬱陶しそうに振り払う。


焦る表情は若々しさが溢れ、青空を体現した彼女の瞳は煮え滾る情熱が見え隠れしている。そこにはまだ、諦めない、諦められない意志があった。


剣術を極めた者だからこその試合だと思った。俺では百年経とうとも真似できそうにない。


どこか耽美でありながら、命を賭けた勝負をする彼らに圧倒され、言葉なく勝負の行く末を息を飲んで見守るしかなかった。



「見たことない剣術だあ!!これはっ見るっきゃない!!」


「誰!?」



背後からヌルっと顔が出て来る。


試合に目を奪われていた隙に、知らない少女がそこにいた。






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