25話 知られたくないこと
あれから俺たちは数日かけて調査を続けたが、決定的な証拠を掴めず苛立ちと焦りを募らせていた。
「犯人の尻尾が掴めなねェのは何なンだ!」
「はぁ、確かにこれだけ探しても分からないのはおかしいと思う。けど、この状況を打破する方法も思いつかないし」
寮の自室で、手紙を取り出す。
手紙を通して団長へ定期的な報告を行っているが、書く内容も最近は薄くなってきている。
それくらい証拠が見つからない。
犯人に近づくどころか遠のいている気になってくる程にだ。
手がかりは本当に無いのだろうか。
毎日、魔方陣が見つかった場所を報告し合うが、それ以上の情報は掴めない。
頭の中に今までの調査結果が浮かんでは消えていった。
溜め息ばかりが募っていく。
魔方陣は学院にいる人ならば日常的に通う場所に多く残されていたし、消しても消しても無くなる気配がない。
そう、無くなる気配が無いのだ。
……無くならない?
いや、違う。それは増え続けているということだ。
「……なぁ、一度調査した場所にまた魔方陣が描かれていたことはあったか?」
「ああ。無力化してもいつの間に書き直されてンだからな、消さなきゃいけねェコッチの身にもなってみろってンだ」
ラヴェルは疲れた様相で言い捨てた。
犯人は魔方陣を書き続けている。
書き足しているということは、消されていることを知っているということに他ならない。
「……もしかしたら俺らの存在が相手にバレているかもしれない」
そう呟くと、ラヴェルの目はみるみるうちに丸くなる。
「そーゆうことか……ッ最悪だ」
ラヴェルは忌々しく顔を歪めた。
良かれと思って消していたのが、実は犯人を追う者がいるという情報を与えてしまう悪影響を産んでいたとは。
こんな単純なことを忘れていたとは情けなくなる。
「だけど、追っているのが俺らだとはまだ特定されていないかもしれないぞ」
「ッて言ったってなァ、犯人を捜しているヤツがいると知られてンだぞ?警戒されて、次の襲撃が早まンじゃねェか」
ラヴェルの指摘は最もなことだ。
犯人はより慎重な行動を心がけるようになるし、俺らが犯人を見つけるのも難航するだろう。でも、
「でも、犯人も動きづらいんじゃないか?どんなことで自分が犯人だとバレるか分かったもんじゃないからな、慎重に行動せざるを得ないと思う」
ラヴェルを落ち着かせるように、言い聞かせる。
焦っても意味は無い。より確実な方法で相手を特定するにはどうしても時間は掛かってしまうものだろう。
「なら、オレたちはより早く犯人を捜しだすべきだなァ……」
ラヴェルは口に手を当てて思案している。
「なんか当てでもあるのか?」
「あるにはある……希望的観測だがなァ」
ニヤリと笑い、こちらを見下ろす。
それを見て自然と顔が強張ってしまう。
何を考えているのやら。変な気を起こさなければそれでいいのだけど。
……俺はこいつという存在が未だ理解しきれていない。
元死刑囚で、性格は最低、魔法が使える獣人、しかも学院の誰もが気づかなかった魔方陣に気づく程の才能を持っている、ときた。
帝国立の学院には優秀な魔法師なぞいくらでもいるはずなのに、なぜこいつだけなのだろうか。
「……なあ、なんで誰もあの魔方陣に気づかないんだ?学院長だって凄い魔女らしいのに」
「そンだけ巧妙に隠されてンだよアレは」
「魔方陣を描いた奴は群を抜いて上手いってことでいいか?」
「ああ、隠蔽の魔法が頗る上手いってコトだ」
「じゃあ、何でお前は分かるんだよ」
「オレの方が魔法の腕が上だからなァ、魔法に敏感なンだよ」
「意味が分からない、獣人なのに魔導士を超える程の魔法の使い手なんて聞いたことが無い、何なんだお前は」
「じゃあ学院長のコトだけどよ、アノ部屋見ただろ?アイツは魔道具の研究ばかりやってやがる」
話を逸らされた気がするが、まあいい。
「それが何だって言うんだ?」
確かに学院長室は摩訶不思議な魔道具で溢れ返っていたが、それが何を意味するというのか。
「内包する魔力が沢山あるだけで魔法を使うこと自体得意ではないってコトだ。魔道具作りなんぞ即興で魔方陣を描くことも無けりゃ、相手を貶めるための魔法も殆ど使わねェだろ。現にアイツの魔道具には生活魔法が使われてたしなァ」
結晶石を手のひらで転がしながら調子良さそうに話している。
「それに隠蔽魔法なンざ、後ろめたいコトを隠すか、誰かを罠に嵌めるくらいの用途だろ。それだけの道具でしか無い」
皮肉めいた冷たい声色だった。
「そんなこと無いだろ、後ろ向きに捉え過ぎやしないか?隠すことがただの自己防衛であったりすることも捨て切れないだろ」
言いすぎだと思った。魔法と共に生きてきた身からすると、決してラヴェルの言い分が間違っている訳でもないと思うが、それで済まされるのは嫌だった。ただそれだけの理由だけど。
手元から視線を上げたラヴェルは好戦的に哂う。
「へェー……そー言うってコトは、オマエが隠し事をすンのも自己防衛だったりすンのか?」
「……は?何を言ってるんだ?」
「恍けンなよ、コッチは分かってンだよ、お前の『異質な魔力』とかな」
一瞬にして頭が白く塗りつぶされる。
視界が点滅して警報音が脳を支配した。
お前は何を知っている。
俺のことをどこまで知っている。
いつどこで、お前は。
口を開こうにも何を話すべきか浮かんでこない。
自然と眉が寄り頬が硬直する。
「……いやァやっぱ、何でも無いさァ……で、何の話だったか?」
ラヴェルは冷めた目を細める。
「……」
俺は何も返せず、ただラヴェルの喉元を見るしかなかった。
すると、ラヴェルの胸が大きく張り詰めたと思ったら「はぁー」と盛大な溜め息をして肩を落とした。
「あー、なンつーか……まァ心配すンな、オマエが何を隠しているか何てオレは興味ねェ」
気まずそうに首に手を当てて視線を逸らす。
「ヒトには探られたくないコトが一つや二つあっても可笑しくはねェよ、だからな」
ラヴェルの白い指先が俺の顔に延びる。
「他人の秘密に踏み込むってンならオマエも相応の覚悟で来いよ」
繊細な指先が額を弾いた。
「……痛い」
「コレに懲りたら覚悟ができるまですンじゃねェよ」
珍しくラヴェルは困った表情を浮かべる。
怒っているような同情するような複雑な顔。
きっと言いたいことはいくらでもあったのだろう。
だが、こんな時に俺たちの間で荒波を立てていてはこの調査に終わりは来ない。
だからこそ今はその時ではないとラヴェルは言いたかったのだと思う。
言いたいことは粗方言ったのか、腰掛けた寝台の向こう側でラヴェルは既に毛布に包まって寝始めてしまった。
俺にもこいつにも知られたくない事があった。
けれど俺は踏み込んではいけない境界線を踏み越えた。
その結果、思わぬ傷を負ったが、『良い事』もあった。
それは、ラヴェルが俺の『何か』を知っているということ。それがどれのことなのかはよく分からないが。
この男が俺を知り始めている、ということは俺もそろそろ本格的に舵を取り始めなければならないということに他ならない。
自分は何を為しにここへ来たのか、この問いに答えを出す時が来ている。自分なりの正解を決めなければならない。
彼らが完全に俺という存在を知る前に。
心の中は嵐が訪れているというのに、この部屋は静かだ。耳を澄まして漸く聞こえるのはあいつの寝息ぐらいで、いつも通りの夜だった。
顔を上げるとカーテンの隙間からまるで俺を監視するように、白い月が見える。
俺を嘲笑うように俺を弄ぶように、その月は爛々と酷く輝いていた。




