22話 挑発
「それで、オマエの方は特に情報は無い、と」
腕組みをし、仁王立ちしているラヴェルとベッドに腰掛けた俺がいるのは学院の教員寮の一室である。この一室は学院長の計らいにより与えられたもので、二人分の部屋にしてはやや広く感じる。また寮は学舎の隣に三棟建っておりそれぞれ女子と男子、教員で分かれていた。
教員寮といってもここに寝泊まりする教員は少ない。今は唯の物置になっていることも多く、居るのは警備兵や緊急時に備えて寮にいる教員くらいだ。そして、ここら辺は肌身でも濃い魔力が感じるくらいには強い結界が張られており、安全性は或る程度高いようだった。
「いや、飼育舎の檻に魔方陣があったって言っただろ」
「それだけじゃねェーか」
ラヴェルは苛立ちを隠そうともせず、強い口調で捲し立てた。
「何を呑気に観光してンだ!まさか任務を忘れたわけじゃねェだろうなァ」
「忘れてない、ただ今日はたまたま成果が無かっただけだろ」
「無いならサッサと次に当たれ!グズグズしてる暇なんてねェよ」
こんなにキレ散らかしているのは、きっと昼間には口調や態度に注意して活動していたからその反動なのだろう。因みに今は遮断魔法を使用しているため、声が外に漏れる心配はない。
「そんなに言うならラヴェルの方には何か進展はあったのかよ」
「あったからオマエにキレてンだ」
あ、キレてる自覚はあるんだ……。
ラヴェルはそういうと、今日の図書館棟でのことを語り出してくれた。
どうやら図書館棟内にも魔方陣が何個も見つかったようで、解析した結果、結界を弱めるものでは無く火炎魔法を組み込んでいたものだったそうだ。書籍類が山の様にある図書館棟で炎を扱うのは御法度。誰でも分かることである。場所によって魔方陣を変えている辺り、計画性が高くより悪質だと言えよう。
「ただなァ、ココからが問題だ」
ラヴェルは驚くべきことに、禁書区域にまで潜入し調べたらしい。入るなと学院長に言われていたというのに、一体どのような手段で潜入したのか。図書館棟の警備が笊だったとでもいうのか。
禁書区域には危険な魔導書が山ほど納められていたそうだ。死霊術に降霊術、悪魔召喚に呪殺など、グレーな魔法について書かれた書が壁一面に揃えられており、これらの本は一般の生徒が使用することはほぼ無く、教員であっても学院長の許可を一々取る必要があるそうだ。
「で、その魔方陣は禁書区域内にもあった。そりゃアもう沢山、な」
「禁書区域内で魔方陣を書くこと自体リスクが高いというのに、複数も、となると……相当時間が掛かるな」
走り書きで魔方陣を書いたとしても、一つ書くのに数十秒、数分はかかる。それに警備網を搔い潜って活動するには危険性がある。
「まず、禁書区域内で魔法を使用した時点で、警備兵にバレる。魔方陣を書く時も例外じゃねェ」
魔方陣を書く時は微少だが魔力を使う。使わなくとも書けはするが、魔力を纏わせて書いておくと、多少離れていても魔方陣を起動することができる。魔法を使う者なら必ずと言っていいほど基本的なテクニックだ。
「時間を掛けて書くなら、許可を取って長時間禁書区域に居る方が楽だな。どう警備の目から逃れるかが問題になるけど……」
許可を得て活動すれば、魔方陣を書く時間を十分確保できる可能性があるが、魔法の使用が感知されていないことに疑問が残る。
「……お前はどうやって入ったんだよ」
「さァな、そんなこったァ自分で考えろ」
こいつが真っ昼間に潜入できたのなら、内部犯もその手で入ったとしか考えられないのだが!
肝心な時でさえこんな調子だから相棒が嫌になる。当の本人は我関せずといった顔で暗くなった窓の外を眺めているし。
「……仕方ない、手あたり次第に行くしかないな。明日からは禁書区域に入れた人を洗いざらい探し出すことも念頭に置いて調査を続けよう」
既に犯人捜しは難航し始めている。それに明日からは騎士科の授業にも時間を割かなければいけなくなる。早めに就寝しようと提案すると、ラヴェルは大人しく自分のベッドへと潜り込んだ。2つのベッドは部屋の真ん中を空けるよう両脇に配置され、互いの顔がぼんやり見えるほどの距離感であった。
こうしてラヴェルと同じ部屋で寝泊まりをするのは初めてのことだ。それ以上に、まず寝ている時に誰かが近くにいること自体が久しぶりであった。子どもの頃は先生に寝かしつけられていたこともあったが、冒険者として独り立ちしてからは寝込みを襲う盗賊に注意する必要から自分しかいないという安心感を自然と欲するようになってしまった。それ故に、誰かと寝所を共有することに緊張してしまう。
今も言いようもない緊張感を薄っすらと感じているが、こいつが俺に対して害悪を為すとは流石に考えられない。
闇夜に馴染んだ耳飾りを無意識にぎゅっと握りしめ思案している内にうつらうつらと深い眠りへと誘われていった。
カタカタ……チャキ……
小さな物音がしてハッと覚醒する。瞼を上げ、ぼんやりとした視界が焦点を定めるとそこには着替えを済ませたラヴェルがベッドに腰掛けながら左足を右足の太ももに乗せて、武器の手入れをしていた。いつもの投げナイフでは無く、長剣を磨き上げている。
「起きたか、まだ日は出てねェが早く仕度しろ」
「……早すぎるよ、まだ時間はあるだろ」
「はァ?まだ調べてねェとこあんだろ、一刻の猶予も許されねェぞ」
どうやらラヴェルは授業を始める前に調査を進めておきたいらしい。眠気が後を引いているが、任務を早く引き揚げるためと思えば仕方がない。
そそくさと身だしなみを整えるといつもの双剣と結晶石を手に取った。
「……そういえばラヴェル、この結晶石壊れてないか?魔方陣が見当たらないのに光ることがあるんだけど」
ラヴェルは俺から結晶石を受け取ると、ブツブツと何かを唱えながら石を手のひらで転がした。
「問題は無かった、オマエが魔方陣を見落としてンじゃねェか?しっかり確認しろ」
解せない。俺の目が節穴だとでも?……でも他に理由が思いつかないからそうなのかもしれない。
若干落ち込んだ気分のまま部屋を出た。
まだ暗い空が広がる時間帯に俺たちが向かったのは騎士科が主に使用する訓練場だった。今日から務める授業もここで行う手筈であったため、早朝からこんな所に居ても咎められない丁度いい理由になるはずだ。
見渡すと、だだっ広い空間に敵兵に見立てた棒人形、騎乗練習の為のレーンや杭がそのままの状態で置かれており、その周りには訓練場を取り囲むように観客席まで設けられていた。もしかしたら騎士科には観客を招いた催しが行われることもあるのかもしれない。
「こんなに広いとどこから見て回ればいいのか……」
「オマエは観客席でも周っていろ」
ぶっきらぼうに云い捨てるとラヴェルは訓練場へ行ってしまった。
仕方なしに俺は観客席へ上がり、結晶石を翳しながら歩き回った。観客席は綺麗に磨かれた石畳で構成され観客が腰掛ける部分には木材が使われている。席が円形にぐるっとあるものだから、数百人は余裕で座れるだろう。
隅々まで見て回ると、所々で石が反応した。数える限りでは十数個といったところだ。犯人は観客席を出入りしたことがあるようで、魔方陣は走り書き。ということは人目がある中で書いた可能性は大いにありうる。
調べた結果をラヴェルに伝えようと、観客席から訓練場を見下ろすと、人影は何故か2つに増えていた。徐々に空が明るくなってきたとはいえ、外側の観客席のせいで訓練場は大きな影に覆われている。そのため、人影が一体誰なのか分からず、俺は急いで観客席を降り、人影に近づく。
2人の元へ来ると話し声が聞こえて来た。
「貴方は昨日見た冒険者のもう一人の方ね、こんな所で何を企んでいるのかしら。まさか訓練場に何か仕掛けるつもり?それで授業の時に私たち生徒を不利な状況に貶めるつもりなのかしら?もしそうなら私が許さないわ!さぁ名乗りなさい!」
「……人に尋ねンならまず自分が名乗れ」
声を聴いて、ピンときた。
「イシュリーか?」
「!、貴方は確かセベスだったかしら、昨日ぶりね」
タナートと違って、彼女は俺を先生とは呼ばなくなった。先生として接していないこともあるだろうが、少々見下されているようにも感じられる。だが、俺に「先生」が似合わないことは自身でもよく理解できる。
2人は互いに睨み合っていたが、イシュリーはこちらを見ると、敵意に満ちた表情が崩れフッと意味ありげな笑みを浮かべた。昨日以上に挑戦的だ。
「オイ、コイツはなンだ急に突っかかって来やがった」
「生徒の前だぞ口調を直せ。それにほら、彼女は昨日学舎で見かけたじゃないか」
「それは分かってンだよ、オレが何か仕掛ける?何を勘違いしてンだコイツは」
確かに、どういう理由で俺たちに突っかかってくるのだろうか。
……何かを仕掛けて、不利な状況を……?
なるほど、歴代の特別外部指導教員のやり方が頗る汚かったということか。
「『冒険者は勝つためなら何でもする』、これまでの先輩方から耳に胼胝ができるほど聞いてきました、もしかしたらと思って見ていたら本当にそうだったなんて!」
やっぱりそうなのか。
多くの冒険者は自由を愛しどんな権力にも平伏せないことを信条としている。一般人を襲う魔物にも、自然災害にも、もちろん害を為す人間にも抗って戦ってきた歴史がある。それは冒険者にとっての誇りであり存在理由だ。
何時の時代も抗うべき対象は次々と現れ、戦いが起きる。その相手が魔物であれば冒険者は一丸となって戦いに赴くが、それが国同士であれば冒険者は自分の信念でつく国を決め、戦いに身を投じる。この部分が騎士道とは相容れない大きな点と言えるだろう。
冒険者はお互いが仲間であり敵である。かつて共に戦った仲でも敵回ったなら首を取りに行く。そして、そこまでする冒険者ならどんな汚い手でも戦いに勝つためなら使うはずだ。
冒険者は容赦が無いし外道と言われても納得できる。それは認めるが、俺たちはどんな相手でも戦いにいくような狂戦士ではない。俺たちはいつだって相手を選ぶ。
「俺たち冒険者は確かに汚い手も使って戦いはするけど、そこまでして騎士に、いやたかが生徒に罠を張るような手間暇をかけるはずが無いだろ?」
俺はニヤリと笑って言うと、イシュリーは驚いた顔をしたかと思えば、眉を顰め不快感を露わにした。
「言ったわねセベス!なら私と決闘しなさい!学院生を『たかが生徒』と言ったことを後悔させてやるわ!」
そう言うと、イシュリーはクルリと後ろを向きどこかへ走っていってしまった。
「ケッ、アイツ面倒くせェなァ、言うこと言って帰りやがった」
「確かに俺たちにとって厄介な性格ではあるな」
「んで、何か見つけたンだろ」
「あぁ、観客席で沢山の魔方陣が見つかったよ」
「へェー、オレの方は全然ねェな」
訓練場に無く観客席にあるということは、内部犯は騎士科の生徒である確率が低いと言える。観客として入り魔方陣を書き直した、と考えるのが妥当だ。
「騎士科じゃない……のか、結構絞れてきたけどまだまだ分からないな」
この先を思い、溜め息をついて項垂れた時、視界の端で手に持っていた結晶石が光っているような気がした。慌ててもう一度目をやったが、石は既に光を失っていた。




