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21話 温室にて


硝子で組み上げられた植物園もとい温室には色鮮やかな植物で溢れ返っていた。

かつて冒険者として生活していた頃に慣れ親しんだ薬草もあれば、見たこともない不可思議な造形を持つ草花もあり、どうやら古今東西で採取したもののようで選り取り拾い物をギュッと詰め込んだ子どもの玩具箱のようであった。


「ここにはよく来るのか?」


「偶にかしら、私は薬学の授業で利用するわ。でも、ここを使うのは専ら錬金術師科の生徒がほとんどね」


足元に広がる鉢植えの大群を避け、熱帯のジャングルと化した温室の奥を進むと誰かが座り込んでいるのが見える。脇に置かれたブリキの如雨露が硝子越しの日光に照らされ鈍く輝いていた。


「タナ―ト!やっぱりいたのね」


「あれ?イシュリーが来るなんて珍しいね、何か用かな?」


作業着に付いた土を叩きながら立ち上がった青年は駆けつけたイシュリーへ向き直る。


「何していたの?」


「見ての通り日課の水遣りと鉢替えさ」


「鉢替え?」


「ああ、この子が予想以上に大きくなってね、少し大きい鉢に植え替えてあげたんだ」


指を指した先には青と黄の毒々しい色を湛える木肌に、油分のある鱗の様な枝葉がまるで蛇の様にうねうね蠢く、植物とは到底言えない生物が大人しく小さな鉢に植わっていた。


「……熱心なことね」


「それで、何せこんな土臭い所に来たんだい?自学習の時間じゃないか」


「そうなんだけどね、学園に客人が来たから案内しているのよ」


「イシュリーは誰に対しても優しいね、そういう所、僕は好きだよ」


イシュリーはポッと顔を赤く染める。


「……」


これはこれは……なんと立派な人誑しだろうか。

どうやらイシュリーの知り合いのようだが、スラッとした体つきから騎士科の生徒では無いのだろう。親しみのある会話からこの学院の生徒ではあるようだが。


「コホン、紹介するわ。こっちは新しく来た特別外部指導員のセベスさんよ」


何も無かったことにするには些か空気が甘すぎる気もするが……だがこれも青春の一端というものか。学生の恋ほど瑞々しく燃え上がる恋は無いが、燃え尽きるのも早い。夏の夢のような短き恋愛も経験の内というものであろう、大いに結構。


「彼は君に懸想しているようにみえるが、そういう関係なのか?」


「違うって!本当に気にしないで!彼はいつもこうなの」


赤らんだ顔を片手で扇ぎながら彼の方へ指を指す。


色素の薄い茶髪は光が当たるともはや金髪に見え、横に流した前髪は清涼感を漂わせており、長い睫毛に包まれた黒曜の瞳は真っ直ぐイシュリーを射抜く。


この様子じゃあ、そういう関係の様に捉えられてもおかしくない。


「やっぱり懸想してるんじゃ、」


「誰にでもこうだから!全然そんな関係じゃないから!」


一片の焦りも隠さず、コカトリスの奇怪なダンスを披露するイシュリーにフフッと笑いが零れてしまう。


「自己紹介が遅れました、初めまして錬金術師科5年のタナートです、セベス先生?でいいですかね」


青年は情緒不安定なイシュリーを一瞥してそっと俺に手を差し伸べた。


「タナート、気が無いならあまり弄ぶなよ。ま、恋愛に耽るのも君らの特権だから止めはしないけど」


「そういうつもりは無かったのですが、イシュリーは弄りがいがありますからつい遊んでしまいますね。いや、いけないいけない」


申し訳なさそうに眉を下げて微笑む彼の手を握る。


「い、弄りがいがあるって!!」


いっそう顔を赤くし、コロコロと表情を変えていくイシュリーを横目に、温室での作業について聞いてみた。


どうやら彼は日頃からここに入り浸っていて、子どもたち(植物)のお世話に勤しんでいるらしい。他にも温室を訪れる人は居るらしいが、そこまで人通りは多くないそうだ。だが人が居ないからといって、この硝子張りの建物で何か怪しいことをするには少々不便が過ぎる。利点は少ないはずだ。


てことで、ここには特に怪しい点は無い、これ以上は何も出てこないだろう。とすると、内部犯の手がかりという手がかりを見つけられていないことになる。帰る日限も先延ばしになって……これは先が思いやられるな……


ラヴェルの方はどうしているのだろうか、他人に迷惑を掛けていないといいが、ここではたった一人の味方だ。信じるしかない。


「ここまで案内ありがとう、イシュリー、そろそろ戻らなきゃいけないから俺はここで失礼するよ」


「えっもうそんな時間かしら?」


「イシュリー、いつものレポートは出来ているんだよね?」


「出来ているに決まっているじゃない!そうじゃないと案内なんてしていないわ」


「やっぱり、流石だね」


二人が気の置けない仲であることはよくわかった。今も如雨露片手に仲良く会話に花を咲かせている。


ふと、気になって懐の結晶石を覗き見る。それは未だにぼんやりと服の裏地を赤く照らしていた。故障だろうか、温室を見た限り魔方陣らしきものは無い。先程からずっと光っているのは流石におかしい。後で、ラヴェルに見てもらうことにしよう。


「タナートもありがとな」


「いえいえ、温室に興味を持って頂けたようで良かったですよ、また来てくださいね」


微笑むタナートに軽く手を上げ会釈してからその場を後にした。


温室を出ると爽やかな風が耳の横を通り過ぎ、温くなった肌が熱を失っていく。そうして温室がいかに空気の篭った場所であったのかを理解する。


振り返ると遠くに見える硝子の温室は夕陽の光を反射し、温かみのある橙色に輝いていた。




そこで初めて気がついた。石が光を失っていたことに。





 —————————————————————————————————————





世界中から集められた植物が一挙に詰め込まれた温室。自分だったら窮屈で仕方がない。外を知らず、硝子越しに世界を見続けることに一体どれくらいの人が苦痛を感じるのだろうか。そこに苦しみが無く幸福感で溢れ返っているなら、何も言うまい。そこは紛れもなく楽園だ。けれど、世界中から集まった植物が狭い空間で仲良く暮らしていけるだろうか。お互いを尊重し合い幸せを分かち合えるだろうか。


答えは否。そんな楽園は存在し得ない。どうやっても争いは絶えない。種の存続、生存圏の拡大、外敵の排除、それが生命の定め。植物には他の植物に寄生して生きるものがいる。大きな根を張らなければ育たないものも、陽の光を効率よく得るために他の植物を顧みず大きく枝葉を伸ばすものもいる。それは他を犠牲に自己利益を上げることに他ならない。


だから、人も同じだ。誰もが幸せになれる空間であっても、自分の利益を優先して動く。それは仕方の無いこと。だってそれが生命の定め、そうであるように作られたのだから。


だからこそ、その窮屈な世界から飛び出したくなる。争いの点で言えば外の世界もそう変わらないかもしれない。けれど、醜い蟲毒の壺から解放され、広い世界で生きられるのなら、そのほうがずっとましだ。意図的に作られた空間の中の争いではなく、自然の摂理の中の争いならば、生命の定めも受け入れられるはず。



そう思っていながらも、自分は未だに温室の中。蝶よ花よと育てられながら、この学院という名の楽園から逃れられない籠の鳥。


そしてこの楽園もいずれ人の欲と争いの渦と化す。自己利益のために走り勝者となるか、争いに負け血肉を貪られる敗者となるか。運命はどちらに傾くか。そんなことをぼんやりと考えながら自分は未だに温室の中で微睡んでいる。







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