20話 魔方陣と少女
ゼーラ学院長は俺たちの職務について細かく説明してくれた。今日のところは教員としての仕事はしなくて良いらしく、図書館の禁書区域や学生寮などを除いて学院内を自由に見て回って良さそうだ。早速内部調査に勤しむことにしよう。
「明日から騎士科の授業に出てもらうからな、決して遅れるでないぞ!教師が遅刻なぞ学院教員の風上にもおけぬわ」
淡々と学院のことを説明できるあたり、本当に学院長らしい。
「はい、先程は失礼しました学院長殿、明日からの授業にはしっかりと取り組ませて頂きます」
「ふんっ!分かればよい、わしの寛大さに感謝するがいいぞ」
ゼーラ学院長は腰に両手を当て、高尚な(?)ポーズを決めている。
それを尻目にラヴェルが部屋をさっさと出ていってしまった。もう特段話すことも無さそうだと俺も扉へと足を向けた。
すると此方の足を止めるように背後から声が掛けられる。
学院長はじっとこちらを見つめ、言い淀んでいる。
「……言い忘れていたが、ここ最近学院内であの襲撃事件が立て続けに起きている。警備は既に強化しているが、今後も同じようなことが起きないとも限らない。そこで貴殿らの実力を見込んで頼みがある、……学院の有事の際には生徒たちのことを守って欲しい。この通りだ、頼む」
ゼーラが神妙な面持ちで言葉を紡ぎ、深く頭を下げた。学院長としての責任感もあるだろうが、その姿から彼女なりの生徒たちと学院への深い愛情を感じ取れた。
実力って……団長いったい俺たちをどんな風に紹介したんだか……。
「はい、我々は腐っても冒険者ですから対人戦闘はお任せください」
彼女の誠意をそれとなく受け止め俺は部屋を後にした。
「オイ、ここを見ろ。魔法陣だ、しかも学院の結界を弱める類の」
その後、俺たちは暫く広い城内を歩き回っていたが、その間にラヴェルが足を度々止めては隠された魔方陣を読み解いていた。
「……よく見つけたな、俺でも全く気づかなかったのに」
俺にはパッと見た感じだと全く分からないが、奴が言うには廊下の壁や扉の把手、硝子窓に魔力の違和があるという。
その魔方陣はどう考えても外部からの侵入を容易にするために襲撃事件の内部協力者が書いた物だろう。
一体どれ程、この魔方陣は設置されているのか、考えるだけでも頭が痛くなる。
「どうやら魔方陣自体に上級の幻影魔法が上書きされているみてェだな、注視しねェと見落としちまう」
そう言って、ラヴェルは何もない壁へと手を伸ばし、繊細な指先でツーと撫でる。
「これが……」
一瞬にして隠れた魔方陣が姿を現した。走り書きで成されたそれは、見ると無駄な工程を省き安定性よりも威力を重視していると分かる。
「だが、完全に尻尾を隠せていない辺り、俺には遠く及ばねェ未熟な魔法師だなァ」
ラヴェルは魔方陣を人差し指で縦に裂き無力化していく。
俺は魔方陣を感知出来てない時点で、その未熟な魔法師以下なんだが……まぁ仕方の無いことだ。ラヴェルが見えているのなら手間が省けるし。
「早々に手がかりを見つけられて良かったが、お前はなんで魔力を感じられるんだ?獣人じゃないのか?」
「ア?オレは獣人だが魔法も使えンだよ、見たら分かンだろ」
「いや、それくらい先に言っとけよ……」
こいつに関して知らないことがまだあったとは……。確かに、ハミール副団長も狐獣人だが魔法を得意にしているそうだし、そういう事もあるのだろう。今まで冒険者として生きていた時でもそんな獣人は見たこと無かったが。
「学舎はもう殆ど見回った、外行くぞ外」
足早に城を出ると、見回っていない場所がまだまだ有り余っていた。騎士科の訓練場と厩舎に、巨大な図書館棟、魔法動物の飼育舎に植物園など数えればキリが無い。
「犯人の調査がてら魔方陣を見つけ次第消していくとして、さて、何処から手を付けるか」
「手分けした方が早いだろ、だがオマエは魔方陣を上手く感知できないから……手を出せ」
有無も言わさずラヴェルが何かを押し付けて来きたため思わず手を差し出しそれを受け取った。
「これ、無属性結晶石か」
手を開けると魔力を纏った赤い結晶石があった。炎魔石とも見えるが、この赤さは後から込められた魔力だろう。ならば魔力を吸収する無属性結晶石だということになるが、その輝きは紅玉のようだ。
「結構珍しい品だが分かンのか、これに俺の魔法を掛けておいた。魔方陣に反応して光る仕組みだ、魔方陣の消し方は分かンだろ?ならサッサと終わらせンぞ」
雑に言い切るとラヴェルは一人で図書館棟へと行ってしまった。
「おーい!ラヴェ、いやルーク!俺は飼育舎と植物園に行くからな!」
俺の声に全く反応しないが、絶対に聞こえているはずだからいいだろう。
「……はぁ、俺も調査し始めるか」
飼育舎と植物園は学院の北の端にある。その隣は森に面していて薬草の採取や魔法動物の管理に適しているそうだ。
ここに何かがあるって訳でも無さそうだが、内部犯の手がかりがあれば僥倖といったところだ。それに魔方陣が無かったら無かったで犯人の行動範囲が見えてくるはずだ。
味のあるレンガ調の飼育舎に入ると中は一転して鉄の壁と床、唸り声と獣臭さが一身に感じられた。
飼育舎内は火蜥蜴や蛇ノ王のような凶暴な魔獣から一角鼠や天馬などの人慣れした動物まで揃っているのが檻の向こうに確認できる。
魔獣には冒険者だった時にも敵として対峙した経験があるが、これを学院内で飼うとは俺には考えられないな。こいつらは飼い馴らせる生物とは程遠いくらいに攻撃性が高い。魔法師なら使い魔として召喚することもあろうが、召喚者が使い魔との契約に失敗し喰われることも少なくない。
「懐く訳でもあるまいし、何で飼っているのか不思議だな」
しげしげと鉄格子越しに火蜥蜴を観察する。そういえば赤い鱗と炎の牙はギルドでは高値で売れたな。武具にも使えるし便利な魔獣なことだ。
檻を見て回っていると結晶石が赤く光っているのに気づく。手を檻へ翳してみると魔方陣が浮かび上がる。
「まさかこんなところにもあるとは……」
どうやら檻の錠部分に掛けられているようで、術者の魔力ですぐに開錠される仕組みのようだった。
それぞれの檻にも掛けられているようで、仕方なしに魔方陣を解いていき、その後急速に結晶石の光が失われたのを確認した。
ふぅと一息ついて歩き出そうとした時、
急に誰かの視線を感じた。
「授業時間中にも関わらず勝手に入ってくるとは命知らずなのね」
声の方へと視線を投げると、そこには先ほど学舎で見た蒼髪の少女が腰に手を当て此方を睨んでいた。切れ長の目が人目を惹く何とも言えない力強さを感じさせ、きつく結ばれた唇は淡い桃色を帯びている。
「……確かにそうかも知れないな、こんな所に勝手に入ってしまったのは申し訳ないが、学院長の許可は取ってあるよ。それで……君はここの学生と見えるが、君こそ今は授業中なのにどうしてここにいるんだ?学園長の許可か?」
そう問いかけると、少女はムッとした表情をする。
「……そんなことはどうでもいいでしょう。先ずは自己紹介ね、私は5年生騎士科のイシュリーよ、貴方は?」
この学院は5年制だ、ということは彼女は最上級生なのか。それなら増々、こんな所で油を売っている暇は無いだろう。最終学年はどのような教育機関でもその後の進路で忙しいはずだ。
「俺はセベス、今日から特別外部指導教員を務めることになった。だが、教師としての職務は明日からだな。」
「やっぱり冒険者だったのね!」
彼女はフッと挑戦的な笑みを浮かべた。やはり先程廊下で睨んできたのも俺達が冒険者だと推測していたからだったのだろう。
「で、イシュリーは何故ここに?」
そういった瞬間、顔を顰め、口を尖らした。
「……自学習の時間なの」
「本当か?それにしても他の生徒が見えないが」
「〜っ!私だけなのよ!私だけ、先生から言い渡されたの!」
顔を赤くして、ひどく悔しそうに言い切った。
表情がコロコロ変わるのが面白い、もっと弄りたいがこれ以上は流石に大人げない。
それで、何故彼女だけなのだろうか、彼女に対して教えることは無いということなのか?
「……私、実は魔力が無いの。だから魔法の授業には出ても恥を晒すだけだから特別に不参加でいいって言われて」
そんなことを言う教師は大体、自信過剰で人を見下す癖がある面倒くさい奴だと相場で決まっている。
「そうか……だが世の中魔力を持たない者の方が多い。騎士科に魔力を持たない生徒は他に居ないのか?騎士科というほどなのだから剣術が第一だと思っていたけれど」
「いえ、魔法師科や騎士科、貴族科は実戦を伴う授業もあるから、魔法や剣術、体術も全て習うの、無いのは錬金術師科と一般科くらいね、だからほとんどの生徒は魔力持ちを前提として入学してくるのよ」
錬金術は魔力を使わない。確か錬金術が生まれた極西の地では科学と呼ばれてもいるらしい。そして一般科は裕福な庶民や、文官志望の生徒が多く、魔法の需要が殆ど無いということなのだろう。
と、これはラヴェルが副団長に叩き込まれた学院の知識らしく、学院に来るまでに教えてくれた。
「魔力の有無で成績に問題は生じないのか気になるな」
「それは大丈夫よ、一番大きな評価は剣術による試合なの、それも魔法は使用禁止のね」
魔力の差はあれど試験では公平性を重んじる所が如何にも騎士科らしい。俺達の生きてきた人生とは無縁の公平性だ。
「そうか、正当な評価が貰えて良かったな」
こんな言葉が俺の口から出るとは。
余計な記憶が蘇ってきそうで頭に靄がかかる。
この世は結局どこまで行っても不公平だ。公平な世だというのであれば、今の俺はここには居ない。何のために頑張ってきたのか、何のためにここまで生き抜いてきたのか。それは最初、衝動的でありふれた理由だった。だが、諦めきれずにズルズルと引きずって様相を大きく変えてしまった。そして時を経て曖昧でぐちゃぐちゃなものに成り下がった思いがまだ心の中で燻っている。
「?暗い顔してどうしたのよ」
イシュリーが俺の顔を覗き込む。ハッとして顔を上げようとすると手にある結晶石が目に入った。それは赤い光を帯びていた。
「光っているわ……」
イシュリーも俺の手の中を凝視して驚いている。
「これは何?魔道具で使う魔石かしら?宝石ではないわね、これずっと光っているの?」
「これは……そう魔石の類だよ、魔力を込めると光るんだ」
咄嗟に出た嘘だったが、彼女は魔法に関して疎いはずだから大丈夫だろう。
イシュリーは俺の説明に感嘆すると、食い入るように石を見つめた。
「綺麗だわ、加工したら素晴らしい装飾品になりそうだけれど……まあそれは置いといて、ずっとここにいる訳でもないのでしょう?部外者がウロウロされても困るから私がこの先の植物園の温室でも案内するわ」
しかし意外にも宝石の類には興味が無さそうで、素気なく石から視線を逸らすと、俺の前に進み出た。
「それは助かる、よろしく頼むよ」
口角を上げて言うと、イシュリーもニカッと笑って先を歩き始めた。
「はぁ……」
小さく溜め息が出てしまう。手元には石が未だに赤く輝いている。
……既に魔方陣は消したというのに、その光は全く消える様子を見せず炎々と灯っている。
見つめていても石は何も話さない。便利なものだと思っていたが、これはこれで問題の種であった。
こうしていても仕方ない。見て見ぬふりをするように石を懐へと突っ込み、足早に彼女の後を追った。




