1話 ある夜
酒場の売り子、恵を求める浮浪者、薄着の娼婦、千鳥足の冒険者。夜が更けていく中、騒々しい大通りには人が犇めき合っていた。調子の良い客寄せの声に、激しい口論、それを煽り立てる笑い声が響く人ごみから一歩路地に入れば世界は一転する。
錆び付いた匂いで満たされ、生温い液体がべっとりと広がっている狭い空間には影が二つ。一人は液体が流れ出る亡骸を見下ろしもう一人は路地の壁に背を預け狭い夜空を見上げている。月光が暗い路地を申し訳程度に照らしその赤を際立たせていた。
「おい、これで仕事が終わった訳じゃないからな」
亡骸を見下ろしていたくすんだ灰色の頭がぐるりと振り返った。
「へーへーわかってるって」
金髪の男は声の方向に見向きもせず面倒くさそうに答える。
「……それにしてもこれで何人目だ?」
「こんだけ殺ってもまだ出てくんのマジで虫みてェ」
灰色髪の男はこの凄惨な状況を正確に手元の手帳に書き留めていく。
一方艶やかな金髪を一括りにした男は壁から離れると死骸の傍に屈み、血だまりに繊細な指先を湿らせた。
しばらくすると路地の奥からタッタッタと軽快な足音が近づいてくる。
「スゥ、ラヴェル、そっちも終わったみたいだな!」
暗闇から満面の笑みで現れた男は二人と一つの死体を見て大げさに頷く。
「団長」
「こいつ片付けんの手伝えよダンチョー」
団長とよばれた中肉中背の男は二人に対して腕を組んで壁に寄りかかりながら
「それもお前らの仕事だからな~」
と言ってけらけらと笑う。
「それより団長、こいつ……」
「ああ、こいつも獣人か。たぶんティオラン関連だろうな」
スゥの言葉に団長は眉を顰め、獣の耳を生やした死骸を見つめる。
「どうせエルアデスに滅ぼされた屈辱を晴らしたいのなんのって、強くもないのに英雄気取りの行動を取るから死んだんだろ」
ラヴェルはそう言って嘲笑した。
「……まだそうと決まった訳じゃないだろラヴェル」
「ダンチョーが先に言ったんだからな、オレじゃねェ」
「お前らは常時喧嘩してないと死ぬ病気にでも罹っているのか?」
惨憺たる現場とは思えない空気が路地裏を支配し、数分間二人の口論が続いた後再び沈黙が路地裏に広がった。遠くから、微かな雑踏の音が三人の耳に届く。
「ま、そんなことはどうでもいい。人が来る前に早く切り上げるぞ」
「「了解」」
二人の返事を待たずに団長は路地の壁を蹴って屋根の上へ消えて行った。ラヴェルはちらとスゥを見て口角を上げると壁を蹴り上げ飛ぶように団長の後を追う。
「あっ、まて!」
(しまった、また後始末を押し付けられた)
スゥは小さく舌打ちすると手際よく血を拭い死体を麻袋に詰め背負い込む。意識のない人間は想像よりずっと重い。尚更、今回は体格のでかい獣人だ。背骨が折れそうなほどの重さを感じながらも壁を蹴り上げる。狭い路地を抜け屋根上へ飛び出ると一気に夜空が広がった。
屋根下には街灯や出店のランプが賑わいを見せる町を暖かな橙色に染め上げているのが見えたがその光が屋根上を照らすことは無く、夜空に浮かぶ白い月と無数の星々が静かに見下ろしているだけであった。
「俺、なんでこんな仕事しているんだろう」
スゥの溜め息にも似た独り言が夜の闇に消えていった。




