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本当の気持ち

姉様と会ってから、私、おかしくなってしまってる。

体がふわふわして、落ち着かない。

ヒューゴ様の側にいる時は特にそう。


「ライラ様、卵を四個お願いします」

「あ、はい」


今日は講義も休みであり、ヒューゴ様に料理を習う事になった。

ヒューゴ様はレシピの研究と作物の出来栄えを確認するために自ら料理をされる。その為に自分用のキッチンを持っている。そのおかげで、彼の料理の腕はプロのシェフに並ぶ程磨かれている。

妻としてその手伝いをしたいとお願いすると、ヒューゴ様はいつものように照れながらも受け入れてくれた。


「ライラ様と一緒に作って、一緒に食べる事が出来たら幸いです」


彼の笑顔を見上げると、また胸の奥が熱くてゆだってしまいそう。

ダメだ。しっかりしないと。


今日作るのはオムレツ。

ベミリオン家のオムレツは卵だけのものではなく、中に細かく賽の目状に刻んで炒めた野菜を入れる。とてもボリュームがあって、見た目も豪華だ。


「こうして空気を入れながら混ぜるとふんわりとした出来上がりになるんですよ? コツを掴めばそんなに力入れなくても大丈夫ですから、ホラ、やってみてください」

「そうなんですね。はい、やってみます」

「手首だけの力を使えば余計な力は入りませんよ。そうです、よく出来てますよ!」


そう言って小さく拍手してくれるヒューゴ様。

思わず頬が緩んで、心の中がポカポカとしてくる。


次に、野菜を切ることになった。

指先に歯が当たらぬように丸め、縦と横に切れ目をいれて細かく切り落としていく。サク、サクと心地いい音を立てて人参が切れていく。まだヒューゴ様に比べればたどたどしいけど、キチンと形になっている。

人参を切りきって、次はジャガイモを切ろうとした時だ。



「ライラ様、指がっ」

「指……?」


彼にそう言われて、自分の指を見た。

アレだけ気を付けていたのに、包丁で指の腹を切ってしまったようだ。幸い皮膚を深く切っただけで、切った食材に血がかかる事はなかった。


「申し訳ございません。気を付けるように言って下さったのに、今、包帯を」

「それでは駄目です! まずは消毒してからでないとさらに悪化します……これほど大きな傷なら、すぐにわかったはずなのに、なんで……」


ヒューゴ様は眉をひそめて、救急箱を持ってきて私の手を取った。脱脂綿に瓶から垂らした消毒液をしみ込ませると「失礼します」といって優しく傷に押し当てた。

彼の大きく、陽だまりのような手がいつもより冷えている気がする。


「沁みませんか?」

「はい……そうですが、すいません」

「何故謝るのですか?」

「だって、ヒューゴ様に注意して下さったのにこんなことになって、私、迷惑を――」

「!……お慕いする女性が傷ついて慌てない男がどこにいますか!」


初めてヒューゴ様は私の前で声を張り上げた。

いつもならば、兄にされたように男性からの怒鳴り声を聞けば体が強張り背筋が冷えていくはずだった。

でも、目の前にいるヒューゴ様の顔を見ると、そんな風に委縮できない。

今にも泣きそうな優しい眼。

いつの間にか私の手を両手で包み込んでいて、その手の平はフルフルと震えている。


「ヒューゴ様……私は、なにも」

「ライラ様、あなたはご自身の痛みに鈍すぎます。あなたが傷を負った時、私も痛いのです。私だけではない。姉上やロザムンデ様、ご両親も同じはずです。

今すぐでなくてもいいです。お願いですから、傷ついた時は頼って下さい」


そういうと、大きな手の平で私の手の甲を撫でてくれた。

そうするとまた、ヒューゴ様らしい温もりが蘇ってくる。


いつの間にか私の頬が熱くなる。

その熱は目尻から頬に掛けて流れ、顎から落ちていった。


ヒューゴ様の瞳に映る私の姿を見て初めて、自分が泣いていると気づいた。


「ライラ様……」

「私、なんで、ごめんなさい」

「大丈夫です。謝らないでください。こういう時は、気が済むまで泣いていいんですよ」


そう言われると、ますます涙が止められなくなる。

そして姉様の時のように、胸の奥から勝手に言葉が溢れてくる。


「私……」

「はい」

「ずっと、泣いてなくて……」

「はい。わかります。何でも言って下さい」


そこからポツリ、またポツリと話し出した。

兄にされて嫌だったこと、腹が立ったこと。最後は自分を助けてくれると思っていたのに、それすら裏切られてつらかったこと。「ライラはいい子」と言われていたからずっと我慢して来たこと。

そうするたびに心に絡みついていた鎖が一つずつ外れていき、心が軽くなり、痛みが消えていくような気がした。


「話して下さり、ありがとうございます」

「……いえ、こちらこそ、ありがとうございました」


涙を流し続け火照った頬に、ヒューゴ様は濡らして冷やしたハンカチを当ててくれた。

そうしていると清らかな心地になって来た。


「先程、仰っていましたよね? 自分が人を暗くしてしまう、陰気な人間と」

「ずっと、そう言われてきました、から」

「それは違います。絶対に」


しっかりとした口調で、私の手を堅く包んでヒューゴ様が言う。

アイスブルーの澄み切った瞳で見つめられれば更に心が澄んでいく。


「あなたの笑顔は、どんな宝石や星よりも綺麗に輝いているんですよ。初夏の生き生きとした日差しのように、命に光を与えるような、そんな笑顔をしているのです」

「ほん、と?」

「はい。どんな苦労も耐えようとする優しさ、辛抱強い勤勉さ、凛とした美しさ。その全てがライラ様を輝かしています。そんなあなたを、私はお慕い申し上げております」


それは、真っすぐな愛の告白だった。

ずっと期待していた。彼の優しさがもしかしたら同情ではなく、愛なのではないのかと。

私はそれを、気づかぬうちに自分の中で否定していた。あの家で兄から刻まれた言葉たちが、ずっと私を縛っていたんだ。


それが消えた今、彼の想いが何物にも遮られることなく伝わってくる。


「……嬉しいです。とても。私も、あなたと離れたくはありません」


嬉しい。心のままの気持ちを伝える。

ああ。彼と私は、同じ気持ちだったのね。


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