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思いがけない出会い ※ヒューゴside

その後、ライラ様は次第に明るくなっていった。

学園から通信教育を受ける傍らで、次期領主夫人としてよく働いてくれている。領地の事情や特徴もすぐに覚え、私の仕事を支えてくれた。ここへきてひと月とは思えないほどの手腕だ。

使用人や領民にも優しく、デイヴィッド様のトラウマを抱いていた彼らの心を解きほぐした。


「とてもあの人の妹とは思えません……あんなにも優しく語り掛けえて下さるなんて」

「指示も的確かつ分かりやすくて、『田舎者が』とあの人のように馬鹿にされないかと不安に感じていたのが申し訳ないほどです」

「ライラ様がいらっしゃるならベミリオン領も安泰です! ヒューゴ様、絶対にライラ様を幸せにしてください!」


時に泣き、時に笑いながら彼らは異口同音にライラ様を褒め称えていた。

昨日も子供たちに絵本を読んだり文字を教えたりしたライラ様を見る彼らの目は、まるで女神が降臨したかのような眼差しだった。

わかる。わかるぞ。

ライラ様は素晴らしいよな。


「さ、参りましょう、ヒューゴ様」

「はい」

「葉野菜の虫害もだいぶ治まっていますし、楽しみですね。今日の品評会」

「ライラ様の協力のおかげです」

「私は学園で学んだ知識を述べただけですから。ヒューゴ様の人望と経験あってこそですよ」


聡明でありながらそれを鼻にかけない謙虚さに私はますますライラ様に惹かれるばかりであった。


農耕地に着くと、そこはまるで祭りが模様されているようだった。


べミリオン領の野菜は評判が高い。国外からもわざわざ足を運んで買いに来る人もいるくらいだ。

謂わばここはべミリオン家の威信をかけた外交の場でもある。

そして今年はライラ様もいるのだ。

気を引き締めねば……!


「まあ……立派なレタス。隅々まで青々としていて、素晴らしい出来栄えね」

「ありがとうございます! これもひとえにヒューゴ様とライラ様のおかげです。国内外の方にもとても良いと評価してもらっていますし」


まず赴いたのはレタスやキャベツを扱う葉野菜のブース。

心配していた虫害は止められ、品質は保たれていた。


葉野菜以外の農産物も軒並み好評であった。

玉葱。アスパラガス。トマト。ズッキーニ。ナス……等々。

こうして見ると、自分と領民たちの努力が実ったとわかり、誇らしい気持ちになる。

ライラ様も目を輝かせて野菜を見ては、それを作った領民に労いとお褒めの言葉をかけている。


「ライラ様、あちらの方では出来上がった野菜を料理として出している出店があります。そろそろ昼時ですし、ランチにしませんか?」

「ええ。いいですね。ぜひ実際食べてみたいです、参りましょう」


食欲を誘う香りに導かれるままに、私たちはフードコーナーに向かった。


「え……」


突然、ライラ様が足を止めた。


「どうしましたか、ライラ様――」

「どうして、あなたが……」


エメラルドの瞳を大きく見開いて彼女はある一点を見ていた。

私もそちらに目をやると、男女が机に腰かけていた。

濃紺の艶やかな髪をした長身の男性、その向かいに座る色素の薄い金髪を靡かせるドレス姿の女性の名を、ライラ様は呼んだ。


「――サブリナ様」




 ※




「このラタトゥイユ、とても美味しいわね。全ての野菜の旨味が邪魔をせずに溶け込んでいて絶品だわ。ベミリオン領の野菜はどれも素晴らしいのね」

「はい。恐れ入ります」


金髪の女性、サブリナ様にそう言われてぺこりと頭を下げる。

ライラ様はまだ自分の分の皿に手を付けていない。


サブリナ・モルガンズ公爵令嬢。

この国のビクター王太子殿下の婚約者だったお人だ。

だが、国外の貧困や災害問題に心を痛め世俗を離れて奉仕活動に勤しむとして婚約を解消して各地を行脚している。

……世間的には、そういう事にされている。

王都から離れていても、国を守る役目を担い各地に隊員を送る事もある姉上は、その真実を知っている。

実際は、ビクター王太子、及びデイヴィッド様を含む騎士団の面々がサブリナ様を「聖女ミミを虐げた悪女」として碌な証拠もないままに弾劾し、モルガンズ家の名が汚れない――ということにしている――それらしい理由をつけて国外追放したのだ。

ライラ様の過去の事情を知っている私たちベミリオン家は、王太子殿下周辺の聖女様への愛が行き過ぎていることは理解していたが、まさかここまでとは思わなかった。

姉上曰く、秘かにロザムンデ様もその証拠を集めるために動いているらしい。


彼女は、そのような身勝手な感情に振り回された人なのだ。

そして彼女を知るライラ様は、彼女に会ってからずっと青い顔をして俯いている。

ご自分の兄が、サブリナ様を追放した一味であることを気に病んでいるのか。


「ライラ様、あの――」

「サブリナ様っ、この度は申し訳ございませんでした!」


突然、ライラ様は立ち上がりサブリナ様に向かって頭を下げた。

周りの領民や客人も皆彼女を見ていた。それを知ってか知らずか、彼女は言葉を並べ続けた。


「私の兄のせいで、あなたには想像を絶する辛苦を与えてしまいました。わが兄、デイヴィッド・コーデルを止められなかったのは、私にも責任があります。

私一人の謝罪で償い切れるものではないのは重々承知していますが、ですが、ずっとあなたに謝罪をしたかった……サブリナ様、本当に申し訳ございません……!」


顔が見れぬほど深々と頭を下げるライラ様の指先は微かに震えていた。

自分の責任ではないことで、何故彼女がこれほどまで怯えなくてはならないのか。

私の中で怒りが湧き上がる。


――妹を守るべき兄であるのに、散々踏み躙った挙句に尻ぬぐいまでさせるなんて……


居ても立っても居られずに、ライラ様を庇おうする。だが、無関係な私が突っ込んでいってもかえって問題が大きくなるだけだ。

そんな時、サブリナ様も立ち上がりライラ様の肩に手を置いてくれた。


「ライラ嬢、顔を上げて。あなたの事情は私もよくわかっています……あなたはお兄さんに逆らえなかった。そうでしょう?」

「……!」


声にならない声が、ライラ様の喉から零れた。

恐る恐るあげたライラ様のお顔は、とても辛そうだった。

眉をひそめ、美しい瞳を潤ませ、唇を噛んで口をつぐんでいる。見ていてとても痛々しい。


「他の家族は離れていて、相談できる人がいなかったのでしょう? そんな孤独な中で、押し潰されて来たのでしょう? ありがとう。大変な時に、私の事を気遣ってくれて」

「私は、そんな、なにも出来なくて……!」

「今日はね、あなたに会って言いに来たのよ。何も気にしないで、幸せになって。って。それが私の本心よ」

「サブリナ、様」

「もし私を思ってくれるなら、あなたはあなたの幸せを掴んでちょうだい」


そう言ってサブリナ様から手をとられ、ライラ様は「はい」と頷いた。

一筋も涙を流すことも無く、その目はしっかりと前も向いて、輝きを取り戻していた。

周りにいた群衆もそれを見ると落ち着きを取り戻し、何事もなかったように振る舞ってくれた。

その後、落ち着いて私たちはランチを取る事が出来た。


サブリナ様の向かいに座っていた男性はサブリナ様が喋っている間は何も言わなかったが、落ち着いた雰囲気を持って優しい眼差しを彼女に向けていた。


――彼女も大丈夫だろう。


そして品評会が終わり、お二人はそのまま外国の方へと帰っていった。


あの時は気づきもしなかった。

まさかその男性があの帝国の皇太子だったなんて。



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