新婚生活? のスタート
「…………」
「…………」
「……ヒューゴ。なにか話題をふれ。こういった時男から話を切り出さないでどうする」
重い沈黙を破ったのは、クロエ様だった。
広間で顔を合わせて軽食を運んで以来、私たちは三人でブランチをしていた。
山盛りのクロカンブッシュと、それ以外のお菓子に、一口サイズのサンドイッチ。そのどれもが目を見張るほど美味しかった。
「このお料理、みんなとても美味しいです」
「そうだろう? 私の弟、ヒューゴはね領地の作物の改良を主にやっているんだが、自前のキッチンで地産品を使ったレシピの制作もしているんだ」
「まあ、そうなんですか? すごいですね……ヒューゴ様」
「あ、いえ、それは、ぁぁ……ありがとうございます」
私に声をかけられると、ヒューゴ様はぺこりと頭を下げながら、聞こえるか聞こえないかわからないような音量でそういった。そんな弟に、再びクロエ様は溜め息を吐いた。
「すまないね、ライラ。コイツは女性に対してあがり症で。まあ女っ気がない領地で生まれ育ったせいもあるが。慣れれば普通に話せると思うから、それまで辛抱してくれ」
クロエ様はそう仰られていたけど、仕方ないことだろ思う。
だって急に「今日からお前の妻になる女が王都からくる」なんて言われたんですもの。ヒューゴ様の戸惑いも無理はありません。そんなに責めないであげて下さいまし。
こうして行く間に時は流れ、皆で食事を終えた時にクロエ様が手を叩きました。
「さて、あとは若い二人に任せよう。食後の休憩を挟んだら、領地を見ていくといい。ヒューゴ。しっかり案内するんだぞ」
「え? クロエ姉――」
「これはライラ嬢の未来の花婿であるお前にしか出来ない役だからな。しっかりやれよ」
ヒューゴ様はクロエ様にそう言って背を押され、彼女は私に上着を返される。そのすれ違いざま「不出来な弟で苦労掛けるが、いい奴だから」と囁かれた。
そのまま外に出ると、ベミリオン家の御者が馬車を連れて私たちを出迎えていた。
ヒューゴ様と言えばしばらくあちこちを見渡してから、深く息を吸い込んだ。それからポケットから取り出したハンカチで丁寧に拭いてから、私に大きく分厚い手を差し出した。
「あの、ライラ様。お手を」
「は、はい」
大きな体を屈ませて、耳元がくすぐったくなってくるような優しい声でそう頼んできた。
私は彼の求めに応じて、そっとその掌に手を置く。
瞬間、彼の身体はビクンと震えた。
「どうしましたヒューゴ様。な、なにかお体が悪いんですか?」
「い! いいえいいえ! 違うんですライラ様! ただ、そのびっくりしたんです、あまりに、小さくて」
「小さい?」
「はい。あなたの、手が……まるで小鳥の足みたいに小さくて、ちょっと触ったら折れてしまいそうで……」
そういうと、彼は再会した時のように頬を真っ赤にして目を逸らした。
これは……心配してくれたの?
確かに、私とヒューゴ様ではまるで大人と子供ほどの体格差があるけれど。でも、手と手が触れ合うだけで骨が折れるなんてことはあり得ないでしょうに。
胸が、再びお茶を煽ったように温かくて、ふと頬が緩んでしまう。
「ヒューゴ様ってとっても優しいんですね」
「え?」
「手に触れるだけで心配してくださるなんて」
私を再び見つめる氷のような色なのに温かい瞳。
その眼差しに、彼と出会った日を思い出す。
あれは、私の八歳の誕生日パーティーの日。
パーティー開始直後、まだ病弱だった兄様の容態が急変した。父様と母様、そして姉様は兄様のいる病院に向かったけど、客人の手前、招いた本人である私はコーデル家から離れるわけにはいかなかった。
兄の体調の変化にも、兄の代わりにやっていた社交にも慣れていた私は、客人一人一人に挨拶と家の事情で簡素な催しになってしまった事を詫びていった。
誰しもが「気にしないでくれ」「大変だったね」と言ってくれたが、皆、どこか私に対して腫れ物に触れるような態度が見て取れた。
そして、遅れて現れた兄の婚約者であるクロエ様、ベミリオン家一行に、幼い日のヒューゴ様もいた。
他の客のようなやり取りを終え、帰っていく瞬間、彼は小さな包みを私に渡した。
『これ、あなたに笑顔になって欲しくて作りました! 今はとてもつらくて大変でしょうけど、どうか、元気を無くさないで!』
彼からのプレゼントは、赤い薔薇の形を模したマジパンだった。
それが、その日貰ったどの贈り物よりも輝いていた。
そして私を気遣ってくれる真っすぐな言葉と、態度。そして涼やかでいて温かい瞳。
あの日は他にもやる事が山積みで『ありがとうございます』というのが精いっぱいだったけど、今なら少しだけでも、その想いを伝える事が出来るだろうか。
「ずっと……ヒューゴ様は、本当にお優しい人なんですね」
そんなヒューゴ様が今も変わらないでいてくれるのが、本当に嬉しい。




