どうして ※デイヴィッドside
どうしてこうなってしまったんだ。
喧しい小蠅共に煩わされる中、羽根を伸ばせるはずだった社交パーティー。ミミも久々に明るい笑顔を見せてくれていた。
それなのに。
主賓であるアンタレス皇太子の側に、あの女がいた。
サブリナ・モルガンズ。
家の権力だけでビクター殿下の婚約者となっただけの卑しい女。
彼女に怯えるミミの為に遠ざけ、今頃貧民共の相手に勤しんで襤褸を纏ってみすぼらしく暮らしていたはずの女は今、王国にいるどの女よりも高貴な姿で皇太子にエスコートをされていた。
首飾りには皇太子の瞳の色と同じ色の宝石が、身に纏っているドレスは彼の髪と同じ日暮れを思わせる濃紺であり、サブリナが皇太子にとって特別な女であるという事を見るものに知らしめていた。
彼女を見た瞬間、ミミは火がついたように暴れ、叫んだ。
『なんで悪役モブのアンタが隠しキャラのアンタレスを? スパダリ過ぎてつまんないし逆ハールートがなくなるからアンタレスは諦めただけなのに!』
『返してよ! 攻略対象はみんなヒロインである私のモノよ!』
サブリナへの恐怖から訳の分からないことを叫び続ける最愛の人に、何を言っていいのかわからずビクター殿下と共に惚けている間に、彼女は近衛兵に取り押さえられた。
そこから先は怒涛の展開でだった。
皇太子側に寝返った姉、そして我がコーデル家を調べていた卑しい元婚約者がつらつらと要らぬことを喋り出した。
サブリナを含む邪魔者たちの偽証、我々が計画した要塞に対する資金調達の際にした詐欺行為、脅迫……
それのなにがいけないんだ?
聖女の気分を害した者は王都から追い出して当然だろ?
それに我々の力と要塞が齎す利益さえあればあの程度のはした金すぐに返せるのだ。出し渋った方が悪いだろう? 不敬罪で手打ちにしなかっただけありがたいと思え。
しかし女たちの言葉により、次第にパーティーにいた人間の顔は青ざめていく。
何故だ、何故誰も姉たちを責めない? この場を乱している闖入者を、王太子と聖女に無礼を働く者たちを責めるべきだろう? そんなことも出来ないのになにが貴族だ。馬鹿らしい。そんな脳無しだから俺が使ってやってあげているんだろう。存在価値のない税金を食うだけの脳無しに存在意義を与えているのは我々なんだぞ?
そういうと、奴らは黙った。
やっとわかったか。
そう思った矢先に姉が俺の名を読んだ。
相変わらず、冷え切った愛嬌一つもない目で姉は私を睨んでいた。
「『聖女様』に言っていたそうね。
愛想のない冷徹な女共に囲まれてつらかった。あんな人間たちを家族だなんて思った事なんてない……って。
おめでとうデイヴィッド。お前は今日から私の弟でもライラの兄でもないわ。コーデル家とは無関係の赤の他人よ」
――なぜ俺が責められる? 我々を盗撮していたライラこそ犯罪者だろう。同じ女というだけで庇って。これだからクロエと同じで男を立てない出しゃばり女は……
心に思った正論をそのまま吐こうとした時、国王陛下が現れた。
あの老人もやっと重い腰を上げて我々を庇うか、そう思っていた俺たち騎士団やビクター殿下の心は見事に裏切られた。
国王陛下はあろうことか我々を追いやった。
俺、アーチー、ニゲラ、実の息子であるビクター殿下。
男達だけじゃない。聖女であるミミも王都から追放した。
それも、悪魔に憑りつかれたなどといって。
俺たちは全員、廃嫡だと。
修道院へ向かう冷えた護送車の中に入れられ、俺たち四人は無言を貫いている。
なぜ、こんな囚人のような仕打ちを受けなければならない。それも俺たちだけが。
父も下らないことばかり書き連ねた手紙を寄越すだけで助けようともしなかった。くそ。ミミに救われたくせに。あんな恩知らずの老害と血が繋がっているなど思いたくもない。
ふと、馬車が止まった。
御者が何か呟いていると思うと、三人ほどの大きな足音がして馬車の扉を開けた。
覆面を被った顔の分からない男たちは俺の方へ近づいた。
「な、なんだ」
そういう間に男達は俺の体を持ち上げ、馬車から引き抜いた。
「デイヴ、なぜお前だけ!」
「なんでお前だけ助かるのさ! まさか取引したのか!?」
「お前だけは味方だったのに……この裏切者!」
そう叫ぶアーチー、ニゲラ、ビクター殿下に、男達のうちの一人が香水のようなものを振りかける。瞬間、俺に憎悪を向けていた三人はスゥ、と眠りについた。
「それは――」
違法魔法薬である睡眠剤と知る時には、俺は同じものを振りかけられて眠りに落ちていた。
*
目が覚めると、ベットの上だった。
違法魔法薬のせいか手足に力が入らず、上体を起こすこともままならない。
「あ、起きましたかぁ~?」
そんな俺の視界に入ったのは、一人の女だった。
甲高い声。くるくると巻いた桃色の髪。媚びへつらっただらしのない笑み。駄肉塗れの体を晒した胸元の開いたドレス。品性のなさが全身から窺える、浅ましい女だった。
「うふっ、フフ、本当にロザムンデ様にそっくりだわぁ。やっぱり男でも、血の繋がった弟ですものねぇ」
「お前は……誰だ?」
「グレンダ・ヒューウィックと申しますわぁ」
その名を聞いて思い出した。
確か女でありながら姉に対して並々ならぬ懸想をして付き纏い、内々に接近禁止令を出されてしまった子爵令嬢であった。
どうせならば追放してしまえばいいのに、これだから……と、同性に甘い姉をアーチーらと一緒に嘲笑ったものだ。
……この時の俺は知らなかったんだ。
そのような真っ当な罰が通じるのは正常な人間であり、異常な人間を下手に刺激しないために姉はそのような処罰を下したのだと。
「えへ、デイヴィッド様ぁ。大丈夫ですよぉ? グレンダは悪魔憑きだって気にしませんもん。お父様だって迷信だって言ってますしぃ」
「なにを、言ってる。子爵風情が……」
「うふぅ。平民の女をみんなで『可愛がった』のに……噂のままな、いかにも害悪男そのものだけど、それはこれから直していけばいっかぁ」
「質問に答――っ」
「子種を貰うのはそれからね。赤ちゃんにまでその害悪な思考が移ったらいやだもの」
女の言葉に、背筋が凍る。
子種を与えるということは、この女を抱くという事だ。そんなこと御免だ。ミミ以外の女に触れるなど。
「その目、断る気でしょ? 感謝して欲しいのはこっちよ? 廃嫡されて貴族の世界からいないものとして扱われることになった、悪魔を抱いた傷物のアンタに種馬としての役目を与えてあげるんだから。戸籍上の夫はいるから平気よ。
アンタはね、私にロザムンデ様の血の入った子種をくれてて、私の言う通りの受け答えをしてくれればいいの」
そして彼女は俺を起こし、ベッドサイドのドレッサーに向けさせる。
「あ……ぅ、そ……」
そこには姉がいた。
いいや、姉の格好をさせられた俺だ。
姉が好む広がりの少ないドレスにジャケット。髪の結び方まで彼女と同じだ。眼鏡のない視界でもわかってしまう事実に、俺は歯噛みした。
「早く私だけのロザムンデ様になってちょうだいね……うふふふぅ」
甲高い猫撫で声で、グレンダは俺の、いいや姉の胸に縋り付いた。




