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変わってしまった我が家

「……なんですか、これは」


メイドたちが持ってきた荷物を改めてさせると、私は絶句した。

メイド長のシーナを含めた全員が気まずそうにソレから顔を背けている。

艶々と光るピンクのシルクの生地。それだけならまだ美しい布である。しかし机の上に広げると、ソレの異常さがわかる。

形だけならナイトドレス、いいや、ネグリジェと言った方がいい。

下半身部分は両サイドに深いスリットが入っており、普通に歩いただけでも下履きが見えてしまうだろうとわかる。

胸元も酷かった。

ぱっくりと開いたその間にはネックレスのような糸に宝石を通した飾りが着いており、大粒のイエローダイヤモンドがギラギラと輝いている。


「こんなの穴の開いた、宝石の付いた布よっ。ドレスとも言えないわ」

「お、おっしゃる通りです、ライラお嬢様」


シーナが震える口調でそういった。

誰が何の意図で贈って来たのだろうか。このような嫌がらせを受ける心当たりなど全くないのに。


「これは一体何なの? 一体誰がこんなものを――」

「ああ! こんなところにあったのか!」


背後から聞きなれた男性の声がする。

彼は大股で私たちに割って入ると、豪華な布切れを箱に戻して抱えた。

私と同じ黒髪を後ろで縛って垂らして、深い緑色の瞳を。私の一つ年上の実兄である、デイヴィッドである。

カチリと指で眼鏡のフレームを直すと、デイヴィッド兄様はシーナを睨んだ。


「シーナ、前も言っただろ。ミミのプレゼントは俺の元に持ってこいって」

「兄様、今の話本当ですか!? こんな服とも言えないものを聖女様に!?」


彼の言葉が信じられず、反射的に問いかけた。

私の方に振り返ると、彼はわざとらしく眉間に皺をよせ溜め息を吐いた。


「なんだ。お前もいたのか。気づかなかったよ」

「デイヴィッド様、それはあまりにもひどいお言葉でっ」

「いいかライラ? お前みたいな野暮ったくて古臭い女は知らないだろうけどな、ファッションには伝統を打ち破る革新が必要なんだ。どっかのちんちくりんと違ってミミはスタイルが抜群だし、どんな服でも着こなせるはずさ。今夜のパーティーでもみんなの目を引くはずだろうよ。むしろ他の令嬢の間でも流行るかもな。

なんてたって、ミミ自身のデザインなんだからな」

「聖女、さまが……これを……?」

「さ、わかったらそこを退け。早くミミに持っていかないといけないんだ」


そこまで言うと兄様は箱を抱えてその場を去っていった。

私の方に思いっきり肩をぶつけて。

体格差と、男女の違いによる力の差で、私はバランスを崩して床に倒れてしまった。なんとか受け身は取れて全身を打ちつけることはなかったものの、それでも当たった肩がジンジンと痛む。

兄様といえばそんな様子に気づくことも無く、館の奥に向かっていた。


「お嬢様!」

「……っ、大丈夫よ。でも痣になったらいやだから、湿布薬を部屋に持ってきてちょうだい」

「はい……」

「ライラお嬢様、肩を貸します、さあ」


シーナの言葉に甘えて、彼女に身を預けて部屋に戻る。


こんな生活がもう三ヶ月続いていた。

私と同い年の少女、ミミが我がコーデル家に養子になったのが全ての始まりだった。


ミミは聖女である。

通常の魔法とは違う、癒し、力を高め、邪なものを退ける清き力、『聖魔術』。古代にそれらを賜った者にのみ刻まれる光の紋章が彼女の胸に刻まれていた。

その力も確かなもので、身分問わず多くの人間が彼女の力によって救われてきた。

私の父、マクシミリアン・コーデルもその一人だ。


聖女の身柄は本来教会が預かるもの。神聖な場所だからこそ、『聖魔術』は高められるとされている。

しかしそれが出来ない事情があった。


聖女、ミミは孤児だったのだ。

娼婦である母親に捨てられ、評判の悪いスラム街の修道院では虐待を受けて育った。そんな中で光の紋章がミミに出現すると、彼女を便利な道具として扱い更に搾取した。

無理に食事を胃に押し込めて精をつけさせ、金品と交換で『聖魔術』を使わせたのだ。毎日毎日、命を落とす寸前まで働かせ、少しでも滞ると鞭を打った。

噂を聞きつけた王太子が率いた騎士団が保護するまで、本来であれば崇め奉られる存在である聖女は地獄の日々を過ごしていた。

王太子に引き取られた彼女は、先述した過去から教会と女性に酷い不信感と恐怖を抱いていた。

だから王太子殿下の友人であり、父を治してくれたミミに恩があるコーデル家がその身を引き取っている。


そこまでは理解できる。

ミミはこれまで酷く過酷な人生を歩んできたと思う。


しかし妙なのだ。

王家が頼んだ治療、事前活動はするものの、それ以外の時間は王太子や兄様、並びに彼らの周りにいる殿方にベッタリなのだ。それも普通の殿方ではなく、見目麗しく、兄様と同じく王家に近しい方々と。

それに、兄様の様子も変だ。

前からいちいち細かい神経質な人だったが、ミミが来てから更に私に冷たくなった。


何をするにもミミが優先だし、私に声をかける事がなくなった。

それならまだわかる。私も件のような過去を持った聖女とはどのように接していいか分からないし。

だがあまりに甘やかしているのだ。毎日のように衣類や宝石を与えている。貴族たちとも会うような場に相応しい衣類がないから、父様の命の恩人だから、心を慰めたいから、と言っていたがこれはあまりに過剰な持て成しだ。

その上、ミミを褒めるために私を貶めるような言動をすることが増えた。

やれ「どうしてミミみたいに笑えないんだ」だの「ミミのような愛嬌がひとかけらでもライラにあればな」などと言ってくるのだ。

流石に腸が煮えくり返るというものだ。


もう許せないと感じたのは、一ヶ月前の私のデビュタント。

他の令嬢がそうであるように初めての社交界に胸を躍らせつつ、不安だった。

未だ予後観察のために入院中である父様に代わり、兄様が私のエスコートをしてくれるはずだった。

だがデビュタント当日、彼はさも当たり前なことを言うようにこんな台詞を吐いた。


「なんで俺がお前の手を引かなきゃいけないだよ。気持ち悪い。

デビュタントというけど、お前はいつでもこういった場に出てこれるだろ? 平民出のミミにとっては夢のまた夢の世界なんだ。それにミミは聖女なんだぞ? 優先して当たり前だろ。

あと、ミミが怖がるから、くれぐれも俺たちに近づくんじゃないぞ」


そして去り際に、鼻で笑った。


「どうせお前みたいな地味女に声かける好き者なんていないだろ。壁の染みとでも仲良くやってろ」


怒りで体が震えるのを、あの時初めて知った。

結局、どこからか兄の「聖女様愛」を聞きつけたロザムンデ姉様が私の手を引いてくれた。国選弁護士として国交に付き合い、ご多忙だというのに私を慰め、側にいてくれたのだ。


「兄様にとって、私って何なのかしら」


湿布を張ってもらい、一人でベッドに寝そべるとそんな独り言をつぶやく。

答えなんて返ってこない。

いいや。

本当は知ってるんだ。私だって。


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