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第1話 月と太陽

 


(聞いてない!!!)


 彼がにこっと笑ったその瞬間、私は思わず椅子をきしませて立ち上がっていた。


「な、なんであんたがここにいるのぉー!?」


 * * *


 私の名前は月野 灯花(つきの とうか)

 高校1年生。生徒会では書記、クラスでは委員長。


 自分で言うのも変だけど、たぶん「真面目」に分類される方だと思う。

 ……いや、思われている、が正しいかな。正直、私も自分の性格が堅いことくらいはわかっている。

 けれど、やるべきことをやらずにいられるほど器用でもない。


 ――そんな私が、よりによってあの日ノ原 陽介(ひのはら ようすけ)のことで、毎日、心を乱されることになるなんて。


 つい、このあいだまで想像もしなかった。



* * *



 夏休み直前、終業式を直前に控えた朝のホームルーム。

 教室はやや浮ついた空気で満ちている。


「全校アンケートの回収は今日が最終日です。今から回収に行きますので、まだの人はこの紙に記名して提出してくださーい。先生に渡すやつだから、今日中ね!」


 私は配布箱を抱え、列の間をすばやく行ったり来たりする。窓際の最後列、あの席に差しかかるのが、正直一番気が重い。


日ノ原(ひのはら)、アンケート!」


 机に突っ伏していた彼は、私の影に気づいたのか、片目だけ開けてこちらを見た。


「んあ……委員長か。アンケ? 机ん中。勝手に漁っていいぜ」

「はぁ? 自分で出しなさいよ」


 口ではそう言いながら、私はつい机の中をのぞいてしまう。

 雑に押し込まれたプリントの束から、目的の用紙を引き抜いた。


 どうせまだ白紙なのだろう――……一応、埋まっている。字は乱暴だけど、妙にクセが愛嬌を帯びているのが腹立たしい。


「ほら、ちゃんと書いたろ。俺だってやるときはやる男」

「『やるときは』じゃなくて『いつも』やってくださいね日ノ原()()


 私が睨むと、彼は肩をすくめてあくびをかみ殺した。

 クラスのみんなにはこんなのは日常茶飯事なので、クスクスと笑う人も一定数いた。


 やがてホームルームが始まると、担任の佐伯先生が夏休みの生活指導について淡々と話しだす。

 教室の空気が少し固くなったそのとき、私はいつものように声を張った。


「みんな静かに!」


 すると、最後列から間髪入れず茶々が入る。


「はいはい、先生より怖い委員長さまだってよ。みんな静かにしないと俺みたいになるぞー」


 再び小さな笑いが教室の隅々に走り、空気のこわばりがふっと緩む。


「日ノ原くん!」


 私は睨んだつもりだったのに、担任までつられて笑いをこらえているのが視界の端に映った。


「相変わらずだねキミ達は。さ、先生の話はあとちょっとだから頑張って聞いてくれ」


 私は先生の方に向き直った。


 ……彼のああいうところ。私は苦手だ。

 ――けれど、クラスの雰囲気が柔らぐのも事実で、ますます腹が立つ。何なの、あの人。



 * * *



 昼食の時間。


 私は食堂行く前に、教室に忘れたスマホを取りにきた。ふと、教室の中から小さな金属音がする。ドアの外からふと覗くと、日ノ原が空の教室で、彼の隣の席の子の机の脚をしゃがみこんでいじっていた。


 机の足元に小さな紙切れを挟み、ガタつきを試すように天板を軽く押す。

 彼が具体的に何をしたのかはさっぱりわからなかったけど、どうやら机のぐらつきを解消させたということなのだろう。


 彼は立ち上がると、誰にも気づかれないようにポケットに手を突っ込んだまま、何事もなかったみたいに教室を出ていった。


(……あいつ、そういうことするんだ)


 胸の奥が、微かにざわつく。


 放課後――

 教室には、夕方の風がカーテンをゆっくり揺らしていた。


 私は一人、机の上に広げた部活動の予算配分表に赤を入れていく。

 運動部、文化部、外部大会費、備品購入……。去年の数字と今年の見積もりを突き合わせ、部長コメントを読み返す。たった一行の数字に、部員の夏が乗っている。間違えられない。


「……ここの額、去年より増えてるけど妥当かな……」


 自分でもわかるくらい、息が細くなっていた。ペン先が紙を擦る音と、遠くのグラウンドの掛け声だけが教室に響く。


「おーい、委員長さん。まだ仕事してんの?」


 不意に背後から声が落ちてきて、肩が跳ねた。


 振り向くと、鞄を肩に引っかけた日ノ原が、入口のところでぼんやり突っ立っている、ように見えた。


「生徒会の会計担当の先輩が体調を崩してて、みんなで手分けしてやらないといけないの。あんたみたいに居眠りして終わりじゃないの」


「ふーん。でもなんで生徒会室じゃなくてこんなところでやってるんだ?」

「それは……」

「当ててやろうか?」

「はぁ?」

「自分が任された仕事ができなくて、生徒会の先輩達に助けを求めるのがかっこ悪いと思ってるからだろ」


 私は心臓を射抜かれた気分だった。


「そ、そんなこと!」

「見せて見ろよ。多少なら力になれるかも――」


 彼が身を乗り出そうとするので、私は慌てて紙を手で覆った。


「見ないでよ」

「……っていうか、お前、顔真っ赤だぞ」

「なっ……!」


 図星だ。焦りと寝不足で、頬が熱い。


「だ、だって早く仕上げないといけないし。明日までに監査に回す分、揃えないと――」

「はいはい、休憩。お前、集中すると飲み物も忘れるだろ」


 気づけば、彼の手から私の机の上に、冷えたペットボトルがコトンと置かれていた。


「え……」

「心配すんな、影山に頼まれて買った分なんだけどな、アイツ先に帰っちまったから。金は返さなくていいから」


 涼やかな水滴が、掌に移っていく。喉が急にからからだと私は自覚した。


「……いらない。あんたに気遣われるなんて、屈辱だし」

「おいおい、ほんっとに可愛げねーな!」

「なによそれ!」


 バチバチと火花を散らすみたいに言い合って、私は結局、彼の前でその水を飲んだ。


 冷たい水が喉を通ると、頭の奥の熱まで少しずつひいていく。


(――なんで、こういうときだけ、妙に優しいのよ。ほんと、ずるい)


 心の中でだけ、小さくそう呟いた。

 そして結局、私は日ノ原に簡単な集計だけ手伝ってもらった。


 私は彼と顔を突き合わせると、どうも素直になれない。



 翌日――

 

 休み時間に廊下がざわついている。掲示板の前に人だかりができていた。



「なに?」

「わ、夏祭りのポスターだって!」


大きなチラシにはこうあった。


【『第24回  夏祭り大会』

 ――打ち上げ花火と屋台の夜――


 日程:8月13日(土)

 時間:17:00~21:00

 場所:明神川河川敷特設会場


 ・模擬店・屋台多数!

 ・盆踊り大会

 ・両日とも20:00より大花火大会(約3000発)】


 色とりどりの花火と、屋台のイラスト。目に入った瞬間、生徒たちの心が躍る。



「灯花、行こうよ!」


 友達に腕を引かれ、私は頷いた。


「うん、いいよ!」


「浴衣着て行こう?」

「帯どうする?写真いっぱい撮ろ!」


 女子たちの声が跳ねる。


 その少し離れたところで、男子の輪からも弾ける声が聞こえてきた。


「いこーぜ!」

「露店ハシゴな!」


 笑い声の合間に、聞き慣れた声が混ざる。


「俺はどうしよっかな。ま、いけたらいくわ」


 振り返ると、日ノ原が友人に肩を小突かれながら、曖昧な笑みを浮かべていた。


(――意外)


 ああいう賑わいに真っ先に飛び込むタイプだと思っていたのに。

「いけたらいく」。それは逃げ道のある返事。



(……まあ、夏休みにまでアイツと顔を合わせなくてもいいか)


 心のどこかがちくりとしたけれど、私は自分にそう言い聞かせた。



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