秘密
えへへ⋯⋯、オタクくん、見てるぅ⋯⋯?
俺ことエルシー・マッドリバーは、カーラ様の元で、魔王軍のスパイとして働くことになりましたぁ⋯⋯♡
ノンデリ救世主を助けなきゃいけない聖女の仕事は嫌だけど、いっぱい我慢した後で思いきり弾けるのも気持ちいいもんね♡
カーラ様は、何事も無かったかのように場を整えて、メイドのヘレンを応接室へと招き入れた。
俺は重度のセクハラを受け、ぐったりとソファの背もたれに身を預けている。
⋯⋯本物の悪魔って、こんなヤベーのか。
魔法で無理やり頭の中をハッピーにされて、自我がドロドロに蕩けて、思考がどんどんアホになっていったぞ。
カーラ様の外見が、人間の骨格をしていないモフモフの獣人とかだったら、マジで負けてたと思う。
インキュバスになれば、こんな魔法も簡単に出来るようになるんだと思うと、夢が広がっていくなぁ、あはは⋯⋯。
洗脳魔法、めちゃくちゃヤバかったんだけど、それでも俺は男の子です。
インキュバスになって人外娘ハーレムで楽しむという夢が叶わない限り、死んでも死にきれないんだよ⋯⋯。
カーラ様も「今回は譲歩してあげよう」と言って、一時的なゴーレム憑依ならオッケーになった。
どうだ、オタクくん。男の夢ってのは不滅なんだぜ⋯⋯。
疲れた様子の俺を見て、メイドのヘレンが心配そうな顔になる。
「な、何があったのですか、お嬢様! まさか昨晩の熱がぶり返しを!?」
「心配は不要だ、ヘレン殿。薬は既に飲ませている。容態はじきに落ち着くよ」
カーラ様がいけしゃあしゃあと微笑みながら言葉を紡ぐ。
勿論、俺は薬なんて貰ってない。疲れてるのはコイツのせいだ。
ヘレンにバラしたところでどうせ、魅了魔法で口封じしてしまうだろうし。
お仕置きと称して令嬢口調を強要されそうな気もしてるから、真実を広めることはしないが⋯⋯。
カーラ様は診察の結果を──今後のスパイ行動がしやすくなるようにするための嘘八百を──ヘレンに伝えた。
「エルシー嬢についてだが⋯⋯。聖女の刻印も残っているし、インキュバスによる影響は確認できなかった。
周囲の反応が変化したことによるストレスは感じているようだから、出来るだけ以前と同じ対応を心掛けるように」
「お医者様の目から見ても、お嬢様は大丈夫なのですね⋯⋯? ああ、良かった⋯⋯」
ヘレンがほっとした表情になる。
カーラ様は偽物のカルテを見ながら、言葉を続けた。
「確かに、身体的・魔力的には問題は無い。
だが、暫くは彼女の好きにさせてやってくれ。今の彼女には、精神的にも落ち着いて休める環境が必要だ。
口調や行動に対しても『淑女らしく』などとは叱らず、あるがままを受け入れてくれ。
それが何よりもエルシー嬢のためになるのだからね」
セクハラ上司の分際で、どの口が言うんだ、と突っ込みたくなるようなセリフだ。
お前が一番、俺に淑女らしさを求めてただろうが!
俺はじとりとカーラ様を睨みつけた。
カーラ様は、穏やかで人に好かれそうな顔でにこりと微笑みを返す。
くっ、この、鉄壁の詐欺師め⋯⋯!
ヘレンが神妙な面持ちで「わかりました、他のメイドにも伝えておきます」頷いて、往診の時間は終了となった。
帰り際に、カーラ様が俺の髪を撫でながら囁く。
「三日後にまた、君の様子を見に来るよ。今日よりももっと時間を取って、たっぷり私と『お話し』しようね」
魅了の効果が乗せられた甘い声に、俺の背筋がゾクリと震える。
全身がボッと熱くなる感覚。否が応にも、彼女には敵わないのだと体が白旗を挙げそうになる。
心臓がドキドキとときめいて、俺の意志とは無関係に顔が赤くなっていく。
次こそは、本当に洗脳を完遂されてしまうかもしれない。
⋯⋯魅了耐性の御守りとか、念のため作っておいたほうが良いな。
遠ざかっていくカーラ様を見送りながら、俺は必死に深呼吸を繰り返した。
ともあれ、カーラ様のお陰で、少しは動きやすくなっただろう。
悪魔型のゴーレムを作っても「今のお嬢様には必要なのだ」と寛容に見てもらえそうだ。
ヘレンからの過剰な心配も、落ち着いてくれたように見える。
俺は自室へ戻って、机に向かった。
適当な紙にペンを走らせて、今後の計画を練り上げていく。
まず真っ先にやりたいことは、新しいインキュバスの体作り。
前回はヘレンの蹴りにも対応できず、アレックスの剣技にも屈し、あっさりと敗北してしまった。
もっと耐久力を増す調整を入れるべきだろう。
もしくは、種族が人間だと認識させるような魔法でも仕込んでみるか。
俺の憑依したゴーレムが、屋敷に忍び込んだ賊だと誤解されないように、使用人たちに実験の予定を共有しておく必要もある。
インキュバスの体で着る服もヘレンに頼んで用意してもらうか。
それから、カーラ様の魅了に抵抗するための御守りも必要だ。
三日後にはまたヤツが来るので、優先順位はこちらが上位。
俺としては、寄り道なんてしないですぐにインキュバス化を果たしたいが、急がば回れだ。
洗脳に屈して夢を捨てさせられてしまっては、元も子も無い。
「あ、そうだ! 婚約破棄もするんだった!
治療に必要とかで言えば多分イケるっしょ! そんで、そんまま自然消滅させちゃお~!」
俺は軽快にペンを走らせる。
脳内のオタクくんが、「仮病で利益を得るのはダメだろ」と騒いでいるが⋯⋯。
こちとら、もう悪魔の子分になっちまったんだ。
あんな契約結ぶだなんて、悪魔と戦争してるこの国じゃ、磔刑モンの重罪だぜ。
だからもう、それ以外の悪いことなんて、何個やっても同じだろって思わねぇ?
⋯⋯思わないだろうな、オタクくんなら。
二人目以降の犠牲者は実質全部タダ!とか大馬鹿モンの考え方だし。
でも俺、あんなデリカシーの無い救世主様のお守りなんてしたくねぇんだ。
エルシーとしての経験からも、個人的な感情としても。
世界平和よりも大事なモンが俺にはあるんだよ。
そういうワケで、救世主サマとの婚約は破棄!
聖女の乱心で人間の国は大混乱!
その隙になんか上手いこと悪魔の侵略が進んじまえば、魔王軍での俺の評価だってきっと鰻登り!
カワイコちゃん達からもモテモテって寸法さ~!
人外娘ハーレムの夢より、もっと叶えたい願いなんて今の俺には無いんだよ~!
ごめんねぇ~、オタクく~ん!!
俺もう人外ちゃんのいない生活って我慢できねぇの~! ホントごめ~ん!
俺は完成した予定表を鍵付きの日記帳に挟んで、魔力識別でしか開かない頑丈な引き出しの中にしまった。
さぁーて、明日から忙しくなるぞ!
絶対にハーレム完成させるから待ってろよ、未来のカワイコちゃん達!!!