一方その頃
アレックス・ホーリーソンは、この国の第四王子である。
生まれはどこともわからない。田舎の教会の門前に、捨てられていたと聞いている。
神意の代行者である紋章を見た神官が、アレックスを王都へ導き、そして王族の養子となった。
「⋯⋯僕のエルシー。まさか、あんな低俗なインキュバスに襲われるとは⋯⋯」
アレックスは自室で拳を握り締める。
彼にとって、エルシーは大切な婚約者であり、いずれは共に世界を救う旅に出る同朋であった。
「次の祝聖の日が終われば、いよいよ旅立ちというタイミングで⋯⋯。僕はなんと愚かだったんだ⋯⋯!
僕たちと悪魔の戦いは、僕たちの旅立ちが皮切りじゃない⋯⋯! 奴等は既にこの国の中に蔓延っているんだ⋯⋯!」
アレックスは悔しげに呟く。
部屋の扉がノックされ、許可が下りるのを待ってから、執事が入ってきた。
「アレックス様。神聖教会のダリア教会長からのお手紙です」
差し出された封筒を見て、アレックスの眉間に皺が寄る。
読まずとも、内容には察しがついた。
執事を下がらせてから、アレックスは封を切る。
「⋯⋯インキュバスに穢されたエルシーは、聖女と呼ぶに相応しくない、か」
想像通りの文面だ。
ここぞとばかりに、自分の息が掛かった娘を「聖女」にすべきだと主張している。
「エルシーと違って、神の刻印も無い癖に。憐れなほどに必死だな」
アレックスは便箋をぐしゃりと握り潰した。
教会長が推薦している女神官は、彼にとっては何者でもない無名の凡夫。
当然、エルシーと比ぶべくもない。
アレックスにとって、エルシーは無二の存在だ。
初めて会ったあの日から、彼女を大切に想っている。
「聖女」と呼ばれるに相応しい、淑やかで可憐な純潔の乙女。
きっとこれは、永遠に続く一目惚れなのだ。
「何があろうと、僕のパートナーはエルシーだ。神様もそう仰っている。
この救世主の紋章に誓って、愚かな人間の悪意からも、穢れた悪魔の脅威からも、僕がエルシーを守るんだ」
アレックスは自身の体に刻まれている勇者の証に手を重ねた。
⋯⋯自身の愛するエルシーの身に、何が起きているかも知らず。