魔力欠乏
いえ~い! オタクくん、見てる~?
俺は今、布団に抱かれて眠ってま~す!!
魔力を根こそぎ使った後に、体に戻らずに生き霊の状態でウロウロしてたから、魔力欠乏でぶっ倒れちゃいました~!
エルシーの体に戻ってきたのが次の日の明け方で、そっから夕方まで寝てたんだが、ぜーんぜん回復する気配が無いぜ!
なんかずっと手足が重くて、目を開けてると頭の中がグラグラしてくるんだよね!
こいつはさすがにマズそうだから、メイドのヘレンに医者を呼んでくるように頼んだ。
でも、俺のテンションを見ればわかる通り、精神的にはむしろ元気で~す!
俺って風邪引いた時にめっちゃハイになるタイプなんだよね。
「体が動かなくってウケる~!」ってゲラゲラ笑ってるみたいな。
体は苦しいはずなんだけど、なんかそれで心までしんどく感じるとか無いの。
だから今も、ものすごーく暇で仕方が無い。
ベッドに寝たままの状態でカーラ様が診察してるのを少しだけ見ては目を閉じて、を何回か繰り返してるけど、普通に退屈だ。
「⋯⋯うん。やはり魔力欠乏だ。先に帰ったのかと思ったら、まさか魂だけの状態で散歩を楽しんでいたとはね」
カーラ様が呆れた様子で魔力計の数値を見る。
わあ、すごい。本物の医者みたい。
出会い系サイトの偽医者みたいに、肩書きを詐称してるだけだろうと思ってたんだが。
悪魔だと疑われないように、最低限の知識と技術は身につけているらしい。
医師免許とかの制度がだいぶワヤワヤなこの国だからこそ出来る潜入方法だよなー。
⋯⋯おっと。エルシーの体が悲鳴を上げてる。目を開け続けてるのはまだキツいな。
俺は体の声に従って、まぶたを閉じた。
カーラ様のいる辺りから、カチャカチャと鞄の中身を探るような音がする。
「魔力補給剤、どれが良い? 口から飲むのが難しそうなら、注射や座薬も用意できるよ。もちろん、キミが望むなら、私の魔力を直接注いでやっても良い」
「悪魔から魔力を直接もらうとか、絶対にロクなことにならないだろ⋯⋯」
「ふふ、そんなこと無いさ。ただ少し体質が変化して、私の魔力に適応しやすくなっていくだけだよ」
カーラ様が楽しそうに言う。
それはつまり、彼女が使ってくる魅了魔法への抵抗が難しくなる、ということだ。
治療にかこつけて支配を進める、実に悪魔な遣り口。
直接的な魔力譲渡は、即座に回復できるメリットがあるものの、悪魔相手には危険が過ぎる。
⋯⋯でもなあ。
どうせ、普通の飲み薬とか頼んでも、口移しで一緒にキスもしてやろうか~とかふざけてくるに違いない。
オタクくんに聞いたから、俺でもそういうのは知ってるんだぞ!
押しの強いキャラはそういうことするって、オタクくんが言ってたんだ!
隙あらばセクハラを仕掛けてきて、「自分が女の子だって自覚してきたかい?」とか、カーラ様なら絶対にやる。
よって、飲み薬はダメだ。
俺はまともそうな選択肢を探して、答えた。
「⋯⋯注射で頼む」
「ふふふ、随分と慎重だね、エルシー。そんなに警戒されると逆に、力尽くで支配したくなってしまうよ⋯⋯?」
「たまたま勝手に弱ってる獲物を、ぼたもちみたいに手軽に食うのは、悪魔としてはダサくねぇのか?」
「ははは、生意気な回答だ! 確かに私は、元気なキミを捩じ伏せるほうが楽しいし、興奮も満足感も強い。理解してくれて嬉しいよ、エルシー」
カーラ様が笑いながら、カチャカチャと機材を用意する。
俺が何を言っても喜ぶんだなぁ、この人は⋯⋯。
俺はカーラ様の顔から視線をそらした。テーブルに並んだ魔力補給剤の瓶と注射器のケースが目に入る。
こっちの世界の注射器は、金属製でかなり古めかしい感じの見た目だ。
針も太くて大丈夫なのかと不安になるが、透過の魔法で皮膚をすり抜ける仕組みだから痛みは無い。
カーラ様は俺の腕にサッと針を刺し、魔力補給剤の投与を終えた。
「はい、おしまい。おとなしくしてて偉いね、エルシー」
「カーラ様こそ。注射を打つのが上手だな」
「こう見えて、昔は魔王軍の救護班でも働かされていたからね。基礎的な医術は身につけているさ」
「ふーん。その救護班、可愛い人外の女の子っていたのか?」
「まるで私が、可愛い人外の女の子じゃないかのような言い種だね⋯⋯?」
くすくすとカーラ様が笑う声。
どうやら今度は、俺のつれない態度がお気に召したらしい。
彼女は楽しげに質問に答える。
「キミが好きそうなところで言うと、イソギンチャクみたいな感じの悪魔がいたよ。髪が触手で、メデューサみたいにうねってるんだ」
「髪だけ? 他には?」
「下半身が円筒形で、腰の辺りから出てる長めの触手がタコのようなシルエットを──」
「うわーっ! なにそれ、サイコーじゃん!」
そんな素晴らしい人外娘がいるだなんて、悪魔図鑑には書かれていなかった。
これも例の転送制限ってやつのせいだろう。
人間界にいる人外は、ほんの一握りに過ぎない。魔界にはもっと沢山の種族が存在してるのだ。
「カーラ様! 次に魔界に行く時は、絶対に紹介してくれよ!!」
「ああ、いいよ。トーリヤの鼻っ柱も折ってくれたようだし、それをキミへの褒美にしよう」
「やったー! カーラ様だいすきー!」
「ふふふ。現金だね、エルシーは。いつかは私とのデートも──おや?」
カーラ様が言葉を切る。
窓のほうから、コツコツとノックする音が聞こえてきた。
俺はそろりとまぶたを開けて、音の出所に視線を向ける。
⋯⋯元婚約者の救世主様が、またしても館の庭に忍び込んで、性懲りもなく会いに来やがった。




