種族リロード
俺は魔導書の記述から使えそうな術式を書き出して、直感で良い感じに混ぜ合わせた。
インキュバスの死体があれば早いんだけど⋯⋯。
悪魔と戦ってる国の王都で、そんなモンが手に入るはずも無い。
俺は庭の土を掘り返し、なんかイケてる雰囲気のゴーレムを作り始めた。
いやー、エルシーって粘土遊びが上手なんだなー!
あっという間にイケメンの彫像が出来ちまったぜ! ああ、いや、粘土製だから塑像か。
後はこれに、ネクロマンシーの肉体再生技術を合わせて⋯⋯。
ちょっと術式をバグらせて、生身の体に置換してやれば素体の準備は完了だ!
出来上がったゴーレムを見て、俺のテンションはぶち上がった。
これは確かに、金髪赤目のインキュバス。
細身ですらりとしているが、引き締まった筋肉と男性特有の骨っぽい関節が格好良い。
顔立ちはタレ目で優しげに。いかにも女の子にモテそうなイケメンアイドルを参考にした。
「うわ、やっべ! すげ~完成度! エルシーって魔術の天才なんだな!」
俺は満面の笑みで、インキュバスゴーレムの体を見下ろす。
⋯⋯魔術の都合上、ゴーレムはまだ服を着ていない。
いやぁ、すごいな、エルシーの技術。
男のビッグなマグナムも再現できるんだ。
やっぱアレかな? 父さんが美術館によく連れていってくれたのが良かったのかな?
「まあ、服は俺が中に入ってから、自分で着れば良いだろう。
それじゃあ、早速⋯⋯!」
俺はゴーレムの隣に寝転んで、手を繋いだ。
目を閉じて、憑依術を紡ぎ始める。
行くぜ! 運命の! 種族リロード!!
魔力の渦が巻き起こり、体がふわりと軽くなる。
幽体離脱をしているのだろうか。
暫くの浮遊感の後、俺の体が再び地についた感触がした。
俺は、ゆっくりと目を開ける。
顔を動かしてみると、男性の足が視界に入った。
この視点は、間違いなくエルシーのものではない。
「やった~! 成功だ~! やっぱり俺ってばラッキーボーイ!!」
俺は地面から飛び起きて、自分の手のひらを閉じたり開いたりしてみる。
体のどこにも不具合は無い。
視線を横に向けてみると、魂が抜けて眠り込んでいるエルシーの体が目に入った。
今までありがとう、令嬢の肉体。これからはこのインキュバス体で楽しくやらせてもらいます。
「それじゃあ早速、適当な服を着て町の外に──」
ガシャン!
屋敷のほうから音がする。
花瓶を落として割ったメイドが、開いた窓の向こうから、俺のことを見つめていた。
「きゃぁぁぁあああーッ!! お嬢様ぁーッ!
お嬢様がインキュバスに襲われてるぅぅううーッ!!」
「まっ! 待て、ヘレン! 誤解だーっ!!」
俺は慌てて、メイドのヘレンに駆け寄った。
叫んだ声は爽やかなイケメンボイスだが、全裸の男が近寄ってくれば、当然女の子は怖がる。
ヘレンはこれ以上無いほどに滑らかな動きで脚を高く上げ、俺の頭部を蹴り飛ばした。
この家のメイドは、お嬢様をお守りするため、全員が格闘技を極めているのだ。
俺の意識が、闇の中に沈んでいく。
まさか人外娘に会いに行く前に、俺の冒険が終わってしまうとは⋯⋯!
「い、一生の不覚⋯⋯!」
ばたりと俺の体が倒れる。
メイドは容赦なく俺の顔を踏みつけながら、エルシーのもとへと走っていった。