そういうとこだぞ
アレックスはエルシーが顔を見せたことにほっとして、その一秒後に、驚愕の表情を浮かべて固まる。
清楚な聖女のイメージからは程遠い、大胆で活発な衣装のせいだ。
はいはい、知ってた。この国の人間はいつもそうなる。
アレックスは窓に張りついて、話があるから開けろ、と無言で圧力を掛けてきた。
俺は、無言でカーテンを閉めた。
なんか見るからに、面倒なこと言い出しそうな顔をしてるし。
頭が冷えるまで触っちゃダメなやつだろ、これは⋯⋯。
今日のところは無視だ、無視。俺は窓に背を向ける。
カーテンの向こう側から圧を感じるが、さっさと寝てしまうことにしよう。
俺は寝間着に着替えるために、ミストドレスを消滅させた。
ずっと張りついているようならば、ヘレンに頼んで撃退してもらえばいい。
俺はそう思いながら、エルシーの寝間着に手を伸ばした。
その瞬間、カチャリと窓の鍵が開く音がした。
キイ、と蝶番が音を立てながら窓が開く。
なんで。どうして、窓が開いた?
俺は慌てて振り返る。
カーテンの波を掻き分けて、アレックスが俺を睨んだ。
窓辺には、丸く切り抜かれたガラスの欠片が落ちている。
空き巣の手口だ。鍵の側のガラスだけ壊して窓を開けやがった。
いいのか、救世主がそんなことに剣を使って。
あまりにも想定外の行動に、俺は呆気に取られてしまった。
「エルシー! なんだ、さっきの服装は! まさか、悪魔に感化されたのか!」
「いや、待て! 着替え中! 待て!」
俺は手元の寝間着でエルシーの素肌を隠しながら言った。
ホント、コイツさぁ! 普通に会話しようとするなよ! せめて後ろ向け!
俺は身を隠すために魔法で黒い霧を張り、その中で急いで寝間着を被る。
着替え終わった俺は霧を消し、じとりとアレックスを睨み返した。
待たされたことで少し冷静になったのか、アレックスは不機嫌そうにしながらも、その勢いを弱めていた。
「⋯⋯こんな夜更けに、何の用?」
「今朝方、魔導伯からの手紙が届いた。その件に関して、君の口から真意が聞きたい。
──何故、僕との婚約を破棄したいだなんて言うんだ?」
「なんでもなにも、嫌だからだよ」
「それは、婚約者という関係性が嫌なのか? それとも、僕が、嫌なのか?」
アレックスがエルシーの瞳をまっすぐ見つめる。
俺の答えは両方だ。人間の婚約者なんて必要無いし、アレックスのことも好きじゃない。
けれど、カーラ様との契約で、救世主様の動向を伝えるように言われている。
スパイ活動が本格化するのは、魔王討伐の旅が始まってからなので、今のうちからバチバチに不仲になるのは避けなさいとの命令だ。
⋯⋯インキュバス化した時に、勘違いで斬首してきやがったこと、エルシーの口から直接詰ってやりたいんだけど。
誤解されたままのほうが都合が良いから、不満は呑み込んでおこう。
なんでインキュバスになったのか、とか細かく聞かれたら、芋づる式にスパイの件までバレちゃいそうだし。
俺はそっと視線を外して、救世主様の問いに答えた。
「その二択なら、前者かな。なんか、結婚とか、気持ち悪くて」
「そ、それじゃあ! 僕が嫌いになったってわけじゃ無いんだな⋯⋯!」
アレックスが身を乗り出す。
なんだ? コイツもしかして、自分に非があるかもって自覚はあったのか?
そんなに殊勝になれるなら、窓を割ったことを謝ってから、話し始めて欲しかったんだが⋯⋯。
ノンデリ救世主様は、俺がモヤモヤしてることにも気につかず話し続けている。
「ところで、エルシー⋯⋯? 君の首にあるそれは⋯⋯?」
「これは魅了耐性のチョーカーだよ。変態の悪魔から身を守るための」
「そ、そうか! 悪魔避けか! 全く似合ってなかったから、何事かと思ったよ。
言ってくれれば、僕がもっと君に相応しいものを用意させたのに⋯⋯」
「言われなかったら、用意しないんだ」
思わず、棘のある言葉が飛び出す。
前から思ってたけど、コイツ、エルシーに対して雑だよな。
アレックスの判断は、「エルシーだったら悪魔避けくらいすぐに自作するだろうから、敢えて用意しなかった」というような信頼があっての選択では無い。
それに、堂々と似合ってないとか言い出すし。マジで乙女への配慮が無さすぎ。
俺の頭の中にあるエルシーとしての価値観も、これはさすがに⋯⋯と苦い顔だ。
まあ、コイツ、エルシーの相手をするより騎士団での訓練のほうが大事そうだもんな。
⋯⋯エルシーに会いに来たの、こんな夜中だし。
まったく。そういうとこだぞ、アレックス。
俺は溜め息を吐いた。
アレックスは、頬を掻きながら苦笑する。
「君から言われないと動けないのは駄目、か⋯⋯。これは、痛いところを突かれたな⋯⋯。
お詫びに、明日デートでもしないか? 騎士団での訓練、休みなんだ」
「明日は魔法の実験があるからダメ」
「なら明後日は?」
「明後日はお医者様が来るんだ。俺、まだ病み上がりだから、念のため」
「そ、そうか⋯⋯。わかった。暇が出来たら、いつでも僕を呼んでくれ。買い物でも茶会でも、何でも付き合うよ」
アレックスが少し寂しげに微笑む。
残念だが、買い物したいならヘレンがいるし、お茶会の相手は人外のカワイコちゃんのほうがいい。
俺は窓に手を掛けながら、アレックスに言った。
「もう眠いから、帰ってくれる?」
「ああ、すまない。こんな時間に。今日は森の調査があって──」
「はい、さよならー」
だらだらと雑談を始めそうなアレックスの言葉をぶった切り、俺は部屋の窓を閉めた。
割れているガラスは、氷結魔法で応急処置だ。
アレックスが慌てて、窓越しに何かを言っていたが、その声はもう聞こえなかった。
口の動きからして、たぶん「愛してるよ」とかだろう。
一時的とは言え、婚約は破棄したってのに、身勝手なやつだ。⋯⋯俺が言えたことでは無いが。
俺はさっさとカーテンを閉じて、部屋の明かりを魔法で消した。