早着替えの魔法
天に星、地に花、人に愛──。
なんとなくカッコイイ言葉を思い浮かべながら、俺は夜空を見上げていた。
異世界の星は、地球で見たよりも遠くに感じる。建物がみんな低いからかな。
俺は気まぐれに始めた天体観測を終えて、自室の窓にカーテンを引いた。
「⋯⋯寝る前に、魔法の練習でもしようかな」
ベッドに座って、ワンピース型の寝間着を脱ぐ。
練習するのはミストドレスだ。俺は胸の前で手を組んで、呪文を唱えた。
「ミスティック・ミスト・ラッピング!」
黒い霧が巻き起こり、エルシーの体に絡みつく。
一度に作れる布地はあまり多くないので、パーツごとに分けて少しずつドレスが組み立てられていく。
⋯⋯今になって思い出したが、おもちゃ売り場で見かけた魔法少女のアニメにこんなシーンがあったな。
「元の服を脱ぐとこも魔法で短縮できりゃ良いんだが⋯⋯。使えそうなのはどれも系統が離れてて、一本化するのは無理だな、これは⋯⋯」
ミストドレスのほうは、実体化の強度がそこまで高くないので、解体魔法ですぐに消せる。
だが、普通に糸から作られている布地は無理だ。人間に使える魔法には限界がある。
「術式の改良はまた別の日にするとして⋯⋯。取り敢えず、今日は発動に慣れよう」
俺は着ていたドレスを消して、ミストドレスの魔法を発動し直す。
さっきはパーツが多くて面倒だったから、今回はもっとすっきりと。
布面積を出来るだけ減らしてビキニ風のデザインにしてみた。
うーん。これだとエルシーの胸が揺れすぎて痛いな。
俺は適当に霧を出し、その場でデザインを修正してみた。要らないところは解体し、増やしたいところには増やす。
⋯⋯最終的に出来上がったのは、オタクくんが恥ずかしそうにノートに書いてたゲームキャラの胴体部分だ。
胸囲をぐるりと囲うチューブトップに、一分丈のホットパンツ。
肩出し、へそ出し、太もも出しの活発的なデザインだ。
エナメル風のツヤツヤとした黒い生地が、エルシーの白い肌に映える。
どうよ、オタクくん。見えてるかー?
俺に面白いゲームを教えるためって名目で、じっくり観察して模写してた服だぞー。
オタクくんってば、「父さんのオススメのゲームってだけで自分は興味無い」とか言ってたけど、好きなのわかってんだかんなー!
⋯⋯え? あんま似てない?
んなことねぇよ、史上最凶にやり過ぎで罪な薔薇の戦士女と一緒だろ。
ぼんやりとしか覚えてないから細部は違ってるかもしれんが。
「⋯⋯おっと、いけない。服だけじゃなく、靴も一緒に作らないとな」
俺は魔法を重ねがけして、シンプルなブーツを作り出してみた。
靴底がぺたんこで歩きやすい靴だ。
ついでに旅装の定番、手袋もセットでつけてみる。
⋯⋯うん。なかなか良いんじゃないか?
デザインはこれで仮決定としよう。
「後は早着替えになるかどうかだな」
俺はミストドレスを解体し、着衣完了までのタイムを計った。
黒い霧の発生は一瞬、服の生成には三秒、靴と手袋を作るのにもう三秒。
うんうん、なかなか良さそうだ。
「生地の耐性チェックなんかは、また後日やっておくとして⋯⋯。これで旅の荷物が減るぞ~!」
俺は喜びのままに、くるくると鏡の前で踊った。
笑顔で衣装を見ていると、不意に、何かの物音がする。
コツコツと窓を叩く音。扉をノックするかのように、何度も繰り返し叩かれている。
「なんだ⋯⋯? カーラ様が急ぎの用事とかで来たのか⋯⋯?」
俺は窓辺に近づいて、カーテンを開けた。
夜闇の中に立っていたのは、カーラ様ではなく、一人の男。
──救世主アレックス・ホーリーソンだった。