しくじり錬成
マッドリバー邸に戻ってきた俺は、庭の隅にある錬金工房へと向かった。
一族の祖である初代魔導師から受け継がれてきた石造りの建物だ。
中には作業部屋が幾つかあって、そのうちのひとつがエルシーのものだ。
広い机の上にナイフやすり鉢が並べられ、薬を煮込むための釜が置いてある。
俺は魔導書を見ながら、御守りを作り始めた。
ちゃっちゃかちゃ~と素材を混ぜて、なんか良い感じにまとめていく。
「なんか懐かしいなぁ⋯⋯。エルシーとしての記憶なんだけど、子供の頃からこうやって、よくアクセサリー作ってたっけ」
アレックスから髪飾りを壊されてしまった後の話だ。
エルシーは、なんとか同じ物を作れないかと、マジックアイテムの研究をひたすらに繰り返していた。
ゴーレム生成やネクロマンシーの知識もその延長線上だ。
造型や服飾が少しでも関わる魔法なら、エルシーは何でも手広く修めている。
俺はその知識や経験に沿って、ただ手を動かしていくだけだ。
出来上がった丸い結晶を、魔術で加工した銀の土台にくっつける。
アメシストのように透き通る紫色の結晶が、キラリと輝いた。
「いやコレ、なんかダサくねぇ⋯⋯?」
魔導書のレシピ通りに作ってみたものの、この本の出版日は大昔だ。
当時は素材もそんなに潤沢じゃなかったらしく、質素で細身なデザインになっていた。
「耐性の核はこの紫のとこだから、地金は弄っても大丈夫だよな。もっとこう、ゴツくてイカしてる感じに盛って⋯⋯」
俺は余ってる素材を継ぎ足してデザインの改善に励む。
まずは、輪っかの部分の幅を太く。宝石の回りは紡錘形で、ギラつく瞳のように整える。
「うーん。石が小さすぎて物足りないな⋯⋯。なんか丁度良いモンは⋯⋯」
俺は室内を見回した。
バックスさんからオマケで貰った瓶が目に入る。
「おっ、あんじゃん! コイツを白目のところに使えばもっと良い感じになるぜ!」
俺は迷わず瓶を開け、スライムコアを取り出した。
スライムコアは、スライムと呼ばれる魔法生物の心臓だ。
ゴーレムなんかに砕いて混ぜれば、強度上昇の魔法効果を付けられる。
「指輪が硬くなって困ることはねぇから、ガンガン行っちゃえ~!」
俺は緑の塊を磨り潰し、魔法の糊と合わせて粘土状にする。
指輪の土台にぺたぺたと素材を盛っていけば、イカした瞳が出来上がった。
仕上げにコーティング液を塗ってやれば完成だ。
「んっ⋯⋯!? あれ、コート液の蓋、固ってぇ!」
蓋と瓶の隙間についた液が固まってしまったのだろうか。
俺は思い切り力を込めて、蓋を回そうとした。
「んぎぎ⋯⋯っ! えいっ、このぉ⋯⋯、っうわぁ!」
つるりと手の中で瓶が滑って、机に落下する。
運悪く指輪に直撃し、そのまま瓶は割れてしまった。
卓上にどろどろとした液体が広がる。
「あーっ! もう、俺のバカ!」
俺は慌てて指輪へと手を伸ばした。
が、粘性の高い液体で光が屈折していたらしく、指先がガラス片へと触れてしまった。
「痛っ⋯⋯!」
コーティング液に、エルシーの血液が滲む。
──その瞬間、カッと光が迸った。
スライムコアと、強い魔力が込められた結晶、強度を高める素材に、魔術師の血液。
全部がひとつに混ざり合い、まったく別のものが錬成されていく。
俺は驚きで腕を引っ込め、輝く塊をじっと見つめた。
ゴツくてイカしたデザインの指輪がぶくりと膨らみ、緑と紫の瞳がぎょろりと左右を見回す。
俺が太めに整えた輪っかもどんどん伸びて、蛇の鱗めいた質感へ変化していく。
最終的に出来上がったのは、おどろおどろしい見た目のチョーカーだ。
ドラゴンのように鋭い眼差しで睨み付けてくる瞳が、まるでブランドのロゴですとでも言うかのように鎮座している。
俺が作ろうとしていた指輪とは完全に別物だ。
⋯⋯俺、何かやっちゃっいました?
「すっ⋯⋯げぇカッコイイ!! こっちのが良いじゃん! やっべぇ~! ドラゴンチョーカーだ~!!」
俺は笑顔で出来たてのチョーカーを手に取った。
ブラウスの襟元を緩めて、さっそく首に巻いてみる。
おっとりとしたエルシーの顔立ちにはイケイケ過ぎるかと思ったが、案外悪くない。
鏡の前で体を動かし、色んな角度から確かめてみてもバッチリだ。
やっぱエルシーって天才だな! うっかり再錬成が始まった時はやらかしたかと思ったが、なんだかんだでプラスになった。
うんうんと一人で頷いていると、工房の扉がノックされた。
「お嬢様、飲み物をお持ちしました。少し休まれてはいかがでしょう?」
ヘレンの声だ。俺は満面の笑みで扉を開けた。
「見て見て、ヘレン! 悪魔対策の御守り! すっげーイカすだろ!」
「お、お嬢様! ブラウスのボタンを外すなど、はしたな⋯⋯い、いえ! と、とてもよく、お似合いでございます⋯⋯っ!」
ヘレンが苦々しい顔で褒めてくる。
あー、そっか。こういうの、貴族令嬢のスタンダードからは外れてるんだな。
お医者様からの言葉があるから無理して褒めてるけど、ヘレン的にはナシなのか。
でも俺は気に入っちゃったから、作り直すことはしないぜ!
明後日のカーラ様との勝負も、このチョーカーで見事勝利してみせる!
俺はニコニコと笑いながら、ヘレンが持ってきてくれたアイスティーに手を伸ばした。
「あっ、そうだ! 思ったより早く終わっちゃったから、アレを試してみよっかな!」
「⋯⋯お嬢様。これ以上、何をなさるおつもりですか?」
「なんだよ、その顔は。別に変なことはしないって! ちょっと水から服を作ってみるだけだよ!」
「水から服を⋯⋯? なんですか、それは⋯⋯」
俺の言葉に、ヘレンが不思議そうな顔をする。
なんですかも何も、言葉通りの意味なのだが⋯⋯。
まあ、実際に見てもらえればわかるだろう。
俺はアイスティーを飲みながら、「これ飲み終わったら実験するから、ヘレンも手伝って」と彼女に伝えておいた。