城下町
いえ~い、オタクくん見てる~?
俺は今、王都エルピアの商業地区に来ていま~す!
エルピアと言えばここ──って言っても、オタクくんには伝わらないか。
エルシーとしての記憶がある俺には、見覚えがありまくりなんだけど。
⋯⋯えーとだな。
まず、俺が住んでるのは、王城の裏手にある貴族街だ。
そっから円形の城壁に沿って、ぐる~っと東のほうに進むと、庶民が暮らしている区域がある。
商業地区は、そっからもうちょい町の入口に向かったところだ。
貴族向けのデカい商会とかもあるけど、俺の目的地は、日替わりで色んな露店が出てる商売広場。
ここが王都の定番観光スポットなんだ。
オタクくんにも分かりやすく言うと、朝市とかバザーみたいなモンかなー。
「それで、お嬢様。今日は何をお探しですか?」
「御守り作りの材料だよ。家には在庫がなくってさ」
護衛担当のヘレンの問いに、俺は事前に書き留めておいた買い物メモを取り出した。
魅了耐性の御守りに必要な素材のリストだ。
・魔法杉の樹液
・オオイワウオのヒレ
・白光石
・聖銀鉄
・ハイアップきのこ
名前だけだとわかりづらいが、どれもこれもザ☆異世界!って感じの品である。
魔法杉の樹液は紫色だし、オオイワウオはめちゃデカいイワシ。ハイアップきのこは松茸サイズのクリスタルなめこ。
エルシーとしての知識が無ければ、どういう理屈でこれが御守りになるんだと頭を抱えていただろう。
「では、いつもの商人を探しましょうか」
「そうだな。バックスさん、今日来てると良いんだけど」
俺は目的の行商人を探しながら広場を進んだ。
どっかの村の木工細工とか、量り売りの茶葉とか、色んな物が並んでいる。
広場の中を歩いていると、少女の声が呼び掛けてきた。
「あっ、エルシーお姉ちゃん!」
「お。ペティ! 今日はこの辺に店を出してたのか!」
俺は彼女の露店へ近づく。
これこそが、俺が探していた素材屋だ。
退屈そうに座っていた店主、バックスさんが立ち上がって会釈する。
「よお、マッドリバー家の嬢ちゃん。今日は何をしようってんだい?」
「魔法の指輪を作ろうと思って。ここに書いてる材料、ありますか?」
「どれどれ⋯⋯? あははっ、相変わらず汚い字だなぁ! 魔導書よりも小難しいぜ!」
軽口を叩きながら、バックスさんが棚から商品を拾い上げていく。
おっ、やっぱり俺ってばラッキーボーイ!
欲しい物が全部揃ってる!
俺は貨幣を支払って、商品を受け取った。
ペティが持参の買い物袋に詰めるのを手伝ってくれる。
「コイツももってけ! オマケだ!」
バックスさんが露店の端に置いてあった小瓶を手に取り、袋の中へと突っ込んだ。
瓶の中には、丸っこい緑の物体がひとつ浮かんでいる。
「何これ? マリモ?」
「スライムコアだ! 最近、勇者様が森の浄化作戦に行ってただろ? それで、魔物素材が余ってるんだよ!」
「ああ、そう言えば。そんなこと言ってたな、アイツ」
エルシーとしての記憶が蘇る。
一週間ほど前に、アレックスから騎士団の仕事を手伝いに行ったと聞かされた。
旅の予行演習だ。実戦経験を積むために、ちょくちょく王都から出掛けてるらしい。
いーなー。町の外ってことは、人外娘のカワイコちゃんと偶然会っちゃう可能性あるじゃん。
もし次があるなら、その時はエルシーも誘ってくれねぇかなー。
そしたら、出会ったカワイコちゃんと、アレックスには内緒でお喋りなんかしちゃって⋯⋯。
夜中にインキュバス体でデートとかするんだ。うん、完璧。現実にしてぇ。
「エルシーお姉ちゃん? どうしたの?」
「え? ああ、いや、何でもないよ。オマケありがとう、バックスさん」
「おう! 今後ともご贔屓にしてくれや!」
「また買いに来てね~、お姉ちゃん!」
バックス親子が手を振る。
⋯⋯うん、やっぱり「お姉ちゃん」って言われても抵抗感は無いな。
カーラ様みたいに、女なんだからこうしろ~って強要されるとダルいけど、呼び名程度ならどうでもいいや。
少なくとも、記憶と見た目はエルシーのものを受け継いでるんだし、目くじら立てて訂正するほどの間違いでもない。
転生者である俺のほうが「他人の人生を引き継いでる」って感覚になるのは、合ってるかわかんないけどな。
まあ、今はそんな脇道の疑問は忘れて、夢に向かって頑張ろう。
ペティたちに、俺とヘレンも手を振り返す。
「これで材料も揃ったから、さっさと終わらせて遊びに行こ~!」
この宿題が終わったら、その後はインキュバス計画の続きだ。
俺はウキウキと鼻歌を歌いながら屋敷へ向かった。