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相談


 俺は自室のベッドに転がって、悪魔の図鑑を読み耽っていた。

 この世界にいる悪魔がイラスト付きで紹介されている本だ。

 人里によく降りてくる魔狼から、滅多に見掛けない邪竜まで、どれも迫力があって格好良い。


「勇者はこういうバケモノと戦うことになるんだなぁ⋯⋯」


 俺は他人事のように呟いて、ページを捲った。

 そこには人間の女性を模した悪魔たち──人外娘の愛らしい姿が描かれている。

 ハルピュイア、マーメイド、ラミア、アルラウネ⋯⋯。


「うむ。やはりこの絵は何回見てもイイな!」


 ひとりごとの声も弾む。

 どの女の子も、むっちむっちのナイスバディで魅力的だ。

「悪魔の八割はサキュバス混血」などという眉唾物の噂もあるが、そんな与太話を信じたくなりそうなほどの美女揃い。

 早くインキュバスになってイチャイチャしまくりたいぜ、まったく!


 ベッドの上で俺が妄想に励んでいると、コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた、


「エルシー。少しいいかな?」


 この渋い声は、お父様だ。

 サイモン・マッドリバー魔導伯。愛嬌のある顔立ちで、恰幅も良い。


 ちなみに、魔導伯というのは、魔術的な観点から王政にアドバイスをする上級文官のことだ。

 この国では、貴族籍を持たない者は政治的な会議に参加してはならない決まりがあるため、マッドリバー家は貴族の一員として扱われている。


 ⋯⋯まあ、それも近年の悪魔被害でだいぶ危うくなってるんだがな。


「魔術は悪魔を呼び寄せる」とか「魔術師は人の皮を被った悪魔だ」とか。

 事実無根のプロパガンダが、下町で大流行してる。

 そのせいで、宮廷魔術師への風当たりが強くなり、マッドリバー家から貴族籍を剥奪しろとの声まで出始めた。


 民衆のご機嫌取りのために、エルシーのお父様は給料カット。

 貴族としては没落寸前というわけだ。

 世知辛い話だねぇ、オタクくん。


 それで、こんな苦境に立たされているお父様が、娘の部屋まで何の用だろう?

 俺は悪魔図鑑を置いて、部屋のドアを開けに行った。


「お父様、俺に何か用っすか?」

「お、おお⋯⋯。いや、なに、ヘレンから聞いたのだが⋯⋯。親として、元気な顔を見たくなってな」


 お父様は少しぎこちない様子で言った。

 あのヤブ医者が「淑女らしくない言動をしても寛容に」と指導したのを、律儀に守っているのだろう。

 こちらとしては気楽で助かる。

 向こうはギャップで凄く気持ち悪そうにしてるが。そのうち慣れると思うから頑張れ。

 俺はにっこりと笑って言った。


「見ての通り、熱も下がって絶好調だぜ!」

「そ、そうか⋯⋯。健康なようで何よりだ⋯⋯。

 こんなに元気になったなら、来月の旅立ちも問題無いな。後でアレックス君にも無事を伝えておきなさい」

「あー、アイツね。⋯⋯なぁ、お父様。俺アイツとの婚約を破棄したいんだけど、イケる?」

「婚約を、破棄⋯⋯?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、お父様がフリーズしてしまう。


 この婚約は、マッドリバー家にとっては、またとないことだ。

 アレックス王子とエルシーが結ばれることで、王家との繋がりが強固になり、貴族籍の維持にも繋がる。


 王家から見ても、聖女を真の統率者として担ぎ上げ、独立される事件を防げる。Win-Winの関係だ。

 でも俺は、アイツと結婚するなんて、何回死んでも嫌なのである。


「聖女の仕事はちゃんとやるし、なんなら世間への公表もしなくていい。

 けど、もう婚約者って肩書きは堪えられないんだ」


 俺の言葉に、お父様が困り顔で問いかける。


「そ、それは⋯⋯、他に気になる男が出来たということかい⋯⋯?」

「そんなんじゃないけど⋯⋯。アイツと結婚するって思うと、モチベがめっちゃ下がんだよ。

 だから、一時的でも良いから、白紙に戻してくんねぇかなーって」


 お父様は頭を抱えて考え込む。

 ぶつぶつと小声で、「まさか悪魔に暴行されて男性嫌悪に陥ったのか⋯⋯? それとも依存性のある魅了魔法を使われたのか⋯⋯?」と呟く声が微かに聞こえた。

 やがてお父様は、渋い苦い酸っぱいが全部混ざったような顔で言った。


「婚約の破棄に関しては、私の一存では決められないんだ。

 陛下に急ぎ手紙を書くから、もう少しだけ我慢しておくれ」

「あ、俺しってる。牛歩戦術くらってそのまま、なあなあになっちまうやつだ」


 手紙なんて、郵便屋のミスで届くのが遅れただとか、返信を書く暇が無かったとかで、いくらでも時間を引き伸ばせる。


「『旅立ちの日までに婚約破棄してくんなかったら、でっけぇゴーレム作って王子踏み潰す』って俺が言ってたってのも書いといてよ、お父様」


 お父様がギョッとする。


「そんな真似したら、マッドリバー家はおしまいだ!!」

「そこをなんとか! 『痴話喧嘩です!』ってレベルで誤魔化して! 別に喧嘩とかしてねぇけど!!」

「ぐぬぅう⋯⋯! 忌々しいインキュバスめ⋯⋯! 私の可愛い娘になんてことをしてくれたんだァ⋯⋯!」


 今にもぶっ倒れてしまいなほどの苦悶の表情を浮かべて、お父様が歯軋りしている。

 悪いな、お父様の愛した娘は、最初から全部まやかしなんだ。

 おとなしく変貌を受け入れてくれ。


 お父様は痛む頭を押さえながら、なんとか頷きを返した。


「わかった⋯⋯! 出来る限りのことはしよう⋯⋯!」

「やった! ありがとー、お父様!」

「あくまでも、一時的な解消であるという前提で話を進める。そのことは忘れるな」

「は~い! そんじゃ、お父様、おやすみ~!」


 俺は満面の笑みでドアを閉めた。

 これで、やりたいことリストはひとつ完了だ!


「明日は御守り作りに使ってー、明後日には行けっかなー!」


 これでようやく、人外のカワイコちゃん達に会える!

 俺は楽しいイチャイチャタイムを妄想しながら、眠りに就いたのだった。



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