崖の女
ある火曜日の夜のことだ。
その日、渓谷の鉱山で働いていた見習い機械工の少年パッズが仕事を終え、崖っぷちでタバコをふかしていると、突然渓谷の暗闇が支配する地底から何かが光り、その光がゆっくりと渓谷を昇ってきた。
パッズはあまりの驚く光景に、吸っていたタバコを口からポロッと落とした。
「何だあの光は?!もしかしてまたこの間のようなことが?…」
実は先日、気を失った90過ぎのドーランという女性がドレスと光に包まれながら空から降ってきて、それを可愛い女の子が降ってきたものと勘違いしたパッズが、助けようとしてわずかに間に合わず、受け止めに失敗して死なせてしまったという経緯があったばかり。
そのトラウマも冷めやらぬうちにたった数日で再び奇妙なことが起こった。
「今度は大丈夫だよ…ね?」
パッズは恐る恐る口にしてみた。
そうこうしてる間にも、暗闇の中の光はだんだんと近づいてきた。
少しずつ、少しずつ、ゆっくりと。
しかし確実に。
すると渓谷の中段くらいまで近付いてきたとき、ふとパッズは気がついた。
今度の光は2つあることに。
それを見たパッズは直感的に「先日とは違う」と感じた。
「今度こそは本当に何か素敵なことが始まるのかも!」
パッズは急にときめいた。
鼓動は高鳴り恋心が動き始めた。
おもむろに指をポキポキと鳴らし、
気合いを入れて屈伸やストレッチを始めた。
「よぉーし、今度こそは何があっても助けて見せるぞ。」
パッズは相撲の力士のように両腕を振りながら気合いを入れた。
どんどん光は近づいてくる。
近づいて近づいてとても近づいて…ようやく工場の明かりが少し照らす辺りまで来たときだった。
その光の正体がようやくわかった。
女性の目だった。
「女性の目?!」
パッズはまたもや驚いた。
女性は崖に手をかけて、這い上がってきた。
そしてその2つの光…
2つの目がさらに近づいた時、工場の明かりにも呼応してさらにギラギラと輝いていた。
なんと正体は、数日前パッズが受け止めに失敗して谷に落ちていったドーランだった。
血だらけのドーランが恐ろしい顔をして登ってくる。
「ジーザス(なんてこった)…」
思わずパッズは呟いた。
その声を聞いたドーランがこちらを凝視してくる。
カサカサカサ…
目が合った瞬間、恐ろしい速さでラストスパートをかけてきた。
「コォーゥルァーーーー!!このクソガキーがぁーっ!ようやく見つけたよぉっ!!何で受け止めてくれなかったんだいぃぃーっ!こっちは危うく死ぬとこだったよっ!」
突然ブーストのかかった台詞を撒き散らしてその野獣…ドーランが両目をギラギラさせながら駆け上がってくる。
あってはならない現実がまた起きた。
ゆえにパッズはこう叫んだ。
「またテメェーかクソババァー!!地底に落ちてくたばってなかったのかぁぁっ!!おまえ頭おかしいだろ絶対にっ!!何しに来やがった!!」
それを受けてドーランは
「クソババアだと?!やかましいんだよこのクソガキがぁーっ!!あたしの歳はまだ50だよ!!年上は嫌いかい?!」
と自分の正しい年齢を主張したあと、顔を真っ赤にして
「あんたがいい男だったから好きになっちまったのさ」
と乙女のように言った。
「うっ、こいつヤベェ。」
悪寒を感じたパッズはとっさに逃げ出した。
しかしそれを見たドーランは胸元から小さなカプセルを取り出し、スイッチを押して空中に投げ捨てた。
すると煙がモクモクと上がりその中からフラブタという、豚に羽が生えたような羽ばたく乗り物が現れて、先程まではなぜ手でよじ登ってきたのかと思うほど即座にドーランはそれに乗り追いかけてきた。
ちなみにドーランの身を包んでいるドレスには「喧嘩上等!!40秒で支度しな!!」と血で書かれた文字がある。
逃げるパッズ。
追うドーラン。
逃げるパッズ。
追うドーラン。
そしてついにパッズは逃げるところがない袋小路に追い詰められた。
パッズは肩を落とし観念した。
「ハッハッハ、あたしの勝ちのようだね。覚悟しな。」
パッズを捕まえたドーランは容赦しない。
嫌がるパッズに無理やりキスをした。
するとパッズの様子が変化した。
彼女の唇には惚れ薬の毒が塗られていた。
パッズはその瞬間、心が温かくなり、彼女の魅力に引き込まれていった。
数日後、二人は教会で結婚式を挙げ、パッズの家の鳩が飛び、鐘の音が響く中、幸せな未来を誓い合った。
鉱山の厳しい風景の中に、意外な1組の夫婦が誕生したのだった。