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違法蕎麦取り締まりの男

夜も更け、藤庵の喧騒が少し落ち着いた頃、店のドアが静かに開いた。


「へい、いらっしゃい!」


 藤吉が威勢よく声をかけるが、入ってきたのは風変わりな人物だった。白いコートに身を包み、顔を隠すように帽子を深く被っている。見た目からは年齢も性別も分からない。


「……そばを、一杯ください」


 低く、どこか機械的な声だった。藤吉は一瞬戸惑いながらも、いつものように答える。


「温かいのかい? 冷たいのかい?」


「……どちらでも。あなたが決めてください」


 妙な注文だったが、藤吉は特に気にする様子もなく、湯気の立つ温かいそばを用意し始めた。秀吉は不審そうな目をしながら客を見つめていた。


「親方、なんかおかしくねえですか、この人?」


「まあまあ、客は神様だろうよ」


 藤吉がそばを茹でている間、その客は店内をじっと見渡していた。壁に貼られた年越しメニューや、藤吉の手元の作業、さらには秀吉の顔までも無言で見つめている。


「お待ちどうさん、熱々のそばだ」


 藤吉が湯気の立つそばを客の前に置いた。客は無言で箸を取り、一口すすった。すると、突然その手が止まり、顔を上げて藤吉をじっと見つめた。


「……催眠蕎麦ですね?」


「はぁ?」


 藤吉と秀吉が思わず声を揃える。


「藤庵の催眠そば……やはり、ここだったんですね」


「ちょっと待ちな、どういうことだい?なんでうちの店の名前を知ってるんだ?」


 客は帽子を少し持ち上げ、目元を見せた。その瞳は奇妙な金色をしており、人間離れした輝きを放っていた。


「私たちの任務は、違法蕎麦を扱っている店を取り締まることです」


「違法蕎麦?」


藤吉が困惑する中、客はそばを食べながら続けた。


「違法蕎麦ビジネス。別の言い方で『逆時そば詐欺』という闇商売です」


「……そんな馬鹿な話があるかい」


 秀吉が声を荒げるが、藤吉は落ち着いて客を見据えていた。



「藤庵の存在が確認された以上、我々はこれを報告しなければなりません。そして……」


客は再びそばを一口すすり、静かに立ち上がった。


「一度、この場所を封鎖する必要があります」


「封鎖? ちょっと待ちな!」


 藤吉が声を上げるが、客は無表情のまま怯まない。


「詐欺は詐欺です」


「勝手なことをするんじゃないよ! 第一証拠はあんのかい!

 俺たちはあくまで、寒い思いをしている客に熱々の蕎麦を食わせてやってんでい!!」


「……そうですか。あなたたちは、あくまで我々に抵抗するのですね」


「当たり前だろう! ここはあたしの店で、お客さんの居場所なんだ!」


藤吉の言葉に、客は一瞬黙った。そして帽子を深く被り直し、扉の方へ向かう。


「では、私の方から世間様に注意喚起をさせていただきます。発信源は主にSNSになるでしょう。

 マスコミもくるはずです。食べログに関しては、星マークを取っ払ってドクロマーク5個をつけさせて頂きます。

 とにかく、『ここの蕎麦屋は催眠蕎麦を食わせるとんでもない蕎麦屋だから、注意するように』とね」


「勝手にしな」


 藤吉が肩をすくめると、客は静かに店を後にした。その背中が見えなくなると、秀吉がぼそりと呟いた。

 客が出て行ったのを確認すると、藤吉と秀吉はガッツポーズをした。


「おっし!! 炎上催眠蕎麦の効果は完璧だ! これから忙しくなるぞう秀よぅ!!」


「よ!! 悪党!! 悪党蕎麦屋!! 一生ついていきやす!!」


「まずは商品開発からだな。10分に1杯蕎麦を食わないと死ぬ……と思わせる催眠蕎麦なんてどうでい!」


「悪党!! 蕎麦悪党!!」


「やめられねえなあ! 闇蕎麦ビジネスは!!」


             令和の時そば、了


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