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蕎麦アレルギーの男


年末の夜、「藤庵」は相変わらず年越しそばを求める客で賑わっていた。店内の活気の中、藤吉と弟子の秀吉が忙しそうにそばを茹でていた。

その時、店のドアが勢いよく開き、ひとりの若い男が駆け込んできた。やけに息を切らし、どこか緊張した様子だ。


「へい、いらっしゃい!」


 藤吉が声をかけると、男は戸惑いながらカウンターに座った。どこか挙動不審な彼を見て、秀吉が小声で藤吉に囁く。


「親方、様子がおかしいですよ」


「いいから、注文ききな」


 藤吉がそう言うと、男が急に声を張り上げた。


「すみません!年越しそば、一杯ください!温かいのを!」


 声は大きいが、どこか震えている。藤吉は怪訝な顔をしながらも、そばを用意し始めた。秀吉はそれを横目に、男の挙動を観察している。

しばらくして、湯気の立つそばが男の前に置かれた。


「どうぞ、熱々ですよ」


 男は恐る恐る箸を手に取った。しかし、湯気に顔を近づけた瞬間、彼の表情が青ざめた。


「うっ……」


 男は急いで箸を置き、慌てて手を振る。


「やっぱりダメだ! 食べられない!」


 藤吉と秀吉は目を見合わせた。


「お客さん、どうしたんです?お口に合いませんでしたかねえ」


 男は申し訳なさそうに頭を下げる。


「実は……僕、重度の蕎麦アレルギーなんです。でも、どうしても年越しそばを食べたいんです!」


「はぁ?」


 秀吉が思わず声を漏らす。


「アレルギーなら食べちゃダメでしょうに」


「分かってます! でも、年越しそばを食べないと新年を迎えられないような気がして……

 毎年この季節が来るたびに、心の底から後悔するんです。どうして蕎麦アレルギーなんかになったんだろうって」


「しかしねえ。アレルギーは。これは仕方がないことですから」


「そうではないんです」


「へえ?」


「信じてはもらえないでしょうが……私はこう見えて500歳なんです」


 藤吉と秀吉は顔を合わせる。


「私のそばアレルギーは後天性でして……私が30の時に発症してそれ以来蕎麦が食えないのです。

 結果……年越しそばを食べることができず……私だけ、歳を越せないのでございます」


 秀吉は頭を掻いた。


「えっと……? つまりこういうことですかい? 年越しそばを食べないと、お客様の時間が進まないと……」


「正確にいうと、『私の1524年』が終わらないんです。北条の氏綱様が江戸城を奪還したところで止まっているのですのです」


「そりゃあ大変だ……」


 藤吉は腕を組み、しばらく考え込んだ。


「分かったよ。特別に、お客さん用の特製そばを作ってやろう」


 秀吉が驚いた顔で藤吉を見た。


「親方、本気ですか?」


「だっておめえ。この方だけ江戸時代が終わってねえんじゃ可愛そうじゃねえか」


 秀吉が慌てて奥の厨房に走ると、藤吉は男に向かって言った。


「安心しな。これなら絶対にアレルギーは起きない。この麺はな、『米粉』を使ってんでい。それでも、ちゃんと『年越しそば』だ」

 

 藤吉が、蕎麦を男の前におき、


「さぁ、食べてみな」



 男は恐る恐る箸を伸ばし、一口すすった。その瞬間、目を輝かせる。


「これは……うまい! 500年こんなものを一度も食ったことがない! これが本当に『そば』なんですか?」


 藤吉は微笑んだ。


「そばに見えるだろう?味も食感も、本物に近づけたんだ。 これはお前のためだけに作った『特別なそば』だ」


 男は涙を流しながら、感謝の言葉を述べた。


「本当にありがとうございます!これで安心して新年を迎えられます!」


 男が去った後、秀吉が藤吉に話しかけた。


「親方……いつの間に『米粉』の蕎麦なんか用意したんすか?」


「んー? さあな」


 藤吉は肩をすくめて答えた。


「たまにはな、真面目にやるのも悪くない。それに、悩んでる奴には手を差し伸べるのが人情ってもんだ」


 秀吉は呆れたような顔をしつつも、少し感心したように頷いた。


「俺ぁてっきり催眠蕎麦でも出すのかと思ったのに。

 へぇ、親方にもそんな一面があったんですね」


 その時、また店のドアが開き、新たな客が現れた。


「へい、いらっしゃい……あれ?」


 やってきたのは、先ほどと全く同じ男であった。

戸惑っている秀吉をよそに、何もなかったかのように藤吉が応対する。


「へい、らっしゃい何にいたしやしょう」


「すみません!年越しそば、一杯ください!温かいのを!」


その後そばを茹でながら、

 キッチンの端っこで、さすがに秀吉が藤吉に話しかけた。


「親方」


「なんでい」


「……『やりましたか』?」


 藤吉は悪い笑顔を浮かべながら催眠蕎麦を茹でた。


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