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時間に追われぬ男



年越し間近の忙しい夜。街中の蕎麦屋は、どこも活気づいていた。

その中でも、裏路地の一角にひっそりと佇む小さな蕎麦屋——「藤庵」は、特に独特な雰囲気を持っている。

木の扉を開けると、心地よい出汁の香りが迎えてくれる。


「へい、いらっしゃい!」


  店主の藤吉が威勢のいい声を上げたその時、ドアのベルが鳴り、妙な男が入ってきた。

男はコートの下から古びた懐中時計を取り出し、頻繁に時刻を確認している。


「ええと、ええと…」


  男は何かをブツブツ言いながら、カウンターに腰を下ろした。


「お客さん、どうされました?今日は年越しそばが人気ですよ。温かいのと冷たいの、どちらにしますか?」


 男は顔を上げると、困惑した表情でこう言った。


「そ、それなんですが、注文はしたいんですが、時間がないんです。いや、正確には時間がありすぎるんです!」


 藤吉は怪訝そうに首を傾げた。


「時間がありすぎる…とは?」


 男は懐中時計を店主に見せる。それは普通の時計に見えたが、よく見ると不気味なほど細かい文字盤が刻まれており、針が通常の時計とは逆方向に回っている。


「この時計のせいで、私は‘あの時’から抜け出せないんです。」


 藤吉はさらに困惑しながらも、話の続きを促した。


「実は…… 信じていただけないかもしれませんが、私は異世界の住民でして……」


  男は語り始めた。

「へえ。……異世界?」


「はい異世界です。みんな大好き異世界です。

 最近は、こちらの世界から転生していらっしゃる方も多い異世界です。

 これは私の個人的な話になりますが……

 こちらの世界の方々が私たちの世界に来て、やれチートスキルだのなんだのを手に入れて成り上がるのが流行っているのだそうですね」


「サア……あっしはただの蕎麦屋なんで……」


「どうやらそうらしいんです。で、私思ったんですね。

 『じゃあ、元々異世界の住民がこっちの世界に来たら、それこそ本物のチートじゃないか』ってね

 それでこの時計です」


 男は懐中時計を強調した。


「『逆異世界転生』です。この時計は、時間を巻き戻すことができる魔術が込められた時計です。

 これを持った私がこちらの、魔術も何もない世界で、『やり直し能力』で成りやがってやろうと。そう思ったところまでは良かったんですが……

 魔力のパルスが逆流を初めまして、いわゆる暴走ですね。

 だから、今が本当に年越しの瞬間なのか、それとも去年の大晦日なのか、

 確認したいんです。でも、この店だけは、どの‘時間’にも存在しているみたいなんです」


 藤吉は呆気にとられながらも、熱々の年越しそばを出した。


「マァ……、あっしにはなんのことかわかりませんが。

 これを食べて落ち着いてください。年越しそばは、どの時代でも縁起がいいものですから」


 男はそばを一口すする。そして、ふと目を見開き、こうつぶやいた。


「……味が変わっている。 これは……今の時間だ!」


 藤吉は微笑んだ。


「そりゃそうですよ。うちのそばは毎日手打ちですから、昨日とも明日とも違います」


 男は感謝の意を込めて懐中時計をそっと懐にしまい、静かに店を後にした。

何やらニヤニヤしている藤吉に、弟子の秀吉が話しかけた。


「心が、傷まねえんですかい。親方」


「これでいいんでぃ。うまくいってるじゃねえか。すっかり自分を異世界の住民だと思ってやがんでい。

 救いようがないねえ『異世界の住民』は。

 秀よぃ。やっこさんもうすぐ来るから催眠蕎麦を仕込んどけ」


「へえ。……自分を『チート能力を持った異世界の住民』と記憶をすり替える蕎麦ねえ。おっかねえ」

 

 先ほどの男がこの店のそばを食べるのは、もう今日で13杯目である。そして、そろそろ薬14回目の効能が現れ始める頃だ。


「『逆時そば』でい。大晦日の年越しそば商戦。この戦法でジャンジャン稼ぐぜ。秀よぃ」


 そして、店のドアにかかる鈴が小さく鳴った。


「へい、いらっしゃい!!」


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