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呪愛

作者: イオリ

二年にわたる恋愛という戦いが終わった。

思うに彼女はメロドラマのヒロインになりたかったのだろう。彼女の描くシナリオはこうだ。

「あるところにお姫様と王子様がいました。二人は幸せに過ごしていましたが、お姫様はいじめや病気と闘っていました。王子さまはいつか終わると知りながら苦しむ彼女を幸せにしようとずっとそばにいました。長い戦いの末に愛という魔法で苦しみからは逃れ、二人は結婚し幸せに暮らしましたとさ。」

このシナリオの中に彼女の欺瞞の数々や果てしない寂寥感、排他的かつ攻撃的な精神性、またその中に眠る承認欲求の悪魔などは描かれない。

しかし私は別の形で彼女の望みをかなえた。

「回復の見込みのない姫は男に見放され、唯一の望みを失った。姫は周囲から浴びせられる差別の数々に絶望し、涙を流しながらこの世を去った。」

恋愛悲劇のヒロインである。彼女はきっと、太宰顔負けの被害者面の中でこんなようなドラマを想像しているに違いない。もちろんこのシナリオにも姫が男に見放された理由は描かれない。彼女の世界において、彼女に罪というものはないのだ。

私は彼女の本来の目的を破綻させ、自由を手に入れた。これは私が勝利したことを宣言する十分な理由になるだろう。

彼女がこの文書を見ることがあればこういいたい。

私はお前を悲劇のヒロインに仕立て上げてやった。私ほど君を思って生きた人間はいないのだから私に感謝して生きていけ。




白状しましょう。私がこれほどまでに想い、そして悩んだ人間はいません。実際、私は彼女のことを愛していました。少なくとも愛そうとする、そしてそれを伝えようとする努力には全霊をささげていました。私はなぜ、それほどまでに愛した人間を見捨てたのでしょうか。

端的にいうと、私たちはお互いに信頼が足りなかったのです。愛を語りあってもお互いの腹の中を知らないのではどうしようもなりません。

彼女は他人がありのままの自分を受け入れることを信用しなかったのでしょう。だからこそ欺瞞に欺瞞を重ね、人を操りました。欺瞞のほころびに気づいた私は自らの内の不信に気付きながらもそれを無視し、信頼するように努めました。この努力、ないし愛はのちに自分を締め付ける大きな呪いとなり、私の自由を奪いました。

私が努力し、ありのままを受け入れるといって腹を割ることを促しても彼女は欺瞞を重ねるばかりでした。とうとう彼女は自分は自分は病気で、長く持たないのだと告白しました。

正直に言いましょう、私は悲しもうと努力しました。必死に涙を流そうとしました。自分の中には、もう、彼女に対する信頼は残っていなかったのでしょう。しかしあの時の私は、自分は自惚れのために彼女を利用するだけのナルシストで、だから彼女の死の到来を聞いたときに心の底から涙しなかったのだという風に考えました。

思えば、これが呪いの始まりだったのでしょう。これほどまでに自分を苦しめたものはこれからもこれまでもないでしょう。

そして私は、少ない彼女との時間を全力で楽しもうとも努力しました。彼女のために指輪を買ったりもしました。友達と過ごしたい気持ちを我慢して毎晩電話をかけたりもしました。ただそれを彼女は真実の愛と考えず、自分も同じように疑いました。

加えて自分は彼女の告白すらも嘘ではないのかと疑いました。

彼女にむけられる疑いと愛情は強く矛盾しました。その矛盾は大きな自責となり、そしてすぐに呪いとなったのです。私は自由ではなくなりました。

これが私の恋愛でした。

愛と不信の矛盾という呪い。端的に表すとこうなるのでしょう。

その恋愛も今日終わりました。長いこと彼女の関係者にはかかわってこなかったので、今日終わったかどうかも疑わしいところはあるのですが。

近頃、彼女の知り合いを名乗っていた女性にインスタグラムで接触を図られ、私はそれに応答したのですが、今日、彼女の名前を出すと名前を出すなと態度を変え、逃げていきました。これは実質的な死の宣言だと私は解釈します。

おそらく、というよりある一つの可能性を除いて確実に、その女性の正体は彼女なのでしょう。つまり、彼女自身が私に彼女の話題に触れてほしくないと示すことで自身の死を悟らせ、裏切られたシナリオを完遂させたのだと私は考えました。




あの承認欲求の悪魔が今何をしているのかは知らない。もしかしたら本当に死んでいるのかもしれない。そうであるのなら胸糞の悪い話ではあるが、しかし、いやだからこそというべきなのかもしれないが、私は彼女の現在について知りたいとは思わない、今私の中にあるものは、新しい青春、彼女によって奪われた自由を取り戻すこと。ただそれだけなのだ。

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