社交のお誘い
その日もミリィは、両親とともに途方に暮れていた。
「ミリィ、今度はナルフ伯爵夫人からのお茶会の招待状ですって! こちらはモルトン男爵からよ。まぁまぁ、毎日毎日こんなにお茶会やらパーティやら皆さんお忙しいことね!!」
「本当ね。毎日こんなにたくさん招待状が届いては、一体どうしたらいいのか……」
積み上がっていくばかりの招待状の山を前に、母と顔を見合わせ大きなため息を吐き出せば、そこに父のため息も重なった。
「ランドルフ殿の顔を潰さないように無視もできんが、こうも多いとどれに出ていいものか……。レイドリア家はあまり社交向きではないからなぁ。頼りにならん親ですまんな……。ミリィ……」
「ドレス代だって馬鹿にならないしねぇ……。こんなことなら、もっと私が頼りになるお友だちのひとりでも作っておくんだったわ……」
お茶会やらパーティというものは、招待される側もなかなかにお金がかかる。着ていくドレスにしたって小物にしたって、毎回同じものというわけにはいかないし。けれど、貧乏貴族であるレイドリア家がこの招待を片っ端から受けてしまったら、あっという間に路頭に迷ってしまう。
懸念はそれだけではない。社交というものはいわば政治だ。立ち居振る舞い方をひとつ間違えただけで、あっという間に悪評が広まってしまう恐ろしいものでもある。だからこそ普通の貴族家は、いざという時の後ろ盾として力のある貴族家とどうにかしてつながりを持つべく、社交に励むのだが――。
「ミリィの友だちの家も、どれも似たりよったりだし……」
「あちらのお招きを受ければこちらも受けないと角が立つやらで……。頭が痛いわね……。誰か頼りになる方のひとりでもいれば、助けていただけるんだけど……」
ランドルフの婚約者として社交にひとりで立ち向かわなければならないミリィにとって、これはなかなかに大問題だった。それにもし失態でもしたら、ランドルフの名に傷をつけることにもなる。
ミリィは深くため息を吐き出した。
けれどその日の午後、レイドリア家の屋敷はどよめいた。
「お父様、お母様っ。大変っ!!」
ランドルフから届いたばかりの手紙を手に、ミリィは両親のもとへとかけ込んだ。
「ランドルフ様が……モーリア侯爵夫人とバルデア卿に私の面倒を見てくれるようお願いしてくれたって!!」
手紙には、社交の後ろ盾になってくれる人物に婚約者をよろしく頼むとの手紙を出しておいたと書いてあった。近々招待状が届くはずだ、とも。
「ええっ!? モーリア侯爵夫人……って、あの?? それにバルデア卿って、あの重鎮の……??」
「まぁぁぁぁぁっ……!! どうしましょうっ! これはとんでもないことよ? 社交界でもあのおふたりと縁を結びたいと思っている方は多いもの。そんな人に紹介していただけるなんて……!!」
両親が驚くのも無理はなかった。
モーリア侯爵夫人とバルデア卿は、ふたりとも社交界で名の知られた有力貴族だったから。
モーリア侯爵夫人は財界にも顔の利く、慈善活動に熱心な人物として知られている。バルデア卿はすでに第一線を退いてはいるものの、いまだ王宮内で絶大な信頼を得ている元重鎮だ。
そのふたりが後ろ盾になってくれたら、きっと何の不安もいらないだろう。
「私……ずっとモーリア侯爵夫人に会ってみたいと思ってたの。あの方みたいに私もいつか病院や学校を建てたいって……! その夫人に会えるなんて、夢みたいだわ……」
はじめは、ランドルフとの約束を果たすためにはじめた慈善活動だった。けれど今となっては、慈善はミリィにとって生きがいとなっていた。
そしてそれは大きな夢になった。誰でも利用できる病院を建てたモーリア侯爵夫人のように、いつでも誰でも自由に学べる学校を作りたい、と。
その憧れの夫人にランドルフが引き合わせてくれるというのだ。ランドルフほどの人ならもちろん、夫人やバルデア卿のようなすごい人たちに顔が利くのはありそうなことではあるけれど――。
「ランドルフ様が、まさかそんなことまでしてくださるなんて……。なんてお優しいの……?」
「本当ね……。きっとあなたのことが心配なのよ。ミリィ」
「まったくだな……。まさかこんなすごい人物を紹介してくれるとは……」
両親の感激しきり、といった様子にミリィは少々複雑な気分だった。
ミリィとアルミア以外、ユリアナのことは知られていない。たまたま不在時に起きたことだったから。よって娘の婚約がつかの間のものだなんて、夢にも思っていないのだ。
とはいえランドルフの気遣いはとてもありがたかった。ミリィは感激に身を震わせ、こくりとうなずいた。
「私、やってみる。頑張ってみるわ……! ランドルフ様のためにも……、自分のためにも……」
それから間もなくして、モーリア侯爵夫人から正式なガーデンパーティへの招待状が届いた。ごく内輪のパーティだから、気楽な気持ちでご家族そろってお越しください、と――。