ランドルフ、デレる
ミリィからの返事は、一週間かけてランドルフのもとへと届いた。それをすでにもう何度も読み返しては、ランドルフは目尻をだらしなく下げていた。
『敬愛する婚約者様
先日は、親しみのこもったあたたかいお手紙をありがとうございました。
私も草花などの自然がとても好きです。特に明るい色の花は、心を明るく照らしてくれるようで。鳥やうさぎなどの小動物も、とても心癒されます。
きっとラルフ様の故郷も、美しいのでしょうね。豊かな自然にあふれたラルフ様の故郷をいつか見てみたく思います。
私についてですが、月に一度町の教会でバザーをお友だちと一緒に開いております。不要になった衣類などをリメイクして刺繍などを施して売るのですが、なかなか盛況なんですよ。孤児院の子どもたちや町の方たちから、いつも元気をもらっております。
そちらはそろそろ夜風が冷たく感じられる頃でしょうか。どうかお風邪など召されないようお気をつけくださいね。
遠い空の下、お会いできる日を楽しみにあなた様の無事と幸運をお祈りしております。
リル』
少し右上がりの癖のある、かわいらしい筆跡だ。
女性らしいやわらかな流線と、どこか芯の強さを思わせる直線とが混じり合ったその文字ひとつひとつが愛おしい。
ランドルフはだらしなく口元を緩ませながら、遠い空の下にいる婚約者へと思いをはせた。
(今頃何をしているだろうか……。また慈善活動に励んでいるのだろうか。あまり根を詰めていないといいのだが……)
一度も対面しないまま婚約が結ばれてしまって、どこか現実味が薄かった。何かの冗談ではないのかと。けれどこうしてミリィの直筆の手紙を手にして、ようやく実感がわいてきた。
(これまでは恋に浮かれるロイドたちを呆れ顔で見やっていたが、もうあいつらのことを笑えないな……。私も一緒だ……。舞い上がっている今なら裸踊りだってできそうだ……)
恋とはなんとおかしなものだろうか。こんなにも感情を大きく揺り動かすとは思いもしなかった。
ランドルフは緩みきった口元をはっと引き締め直し、そしてまたへにょりと下げた。
軍人となってからほとんどを戦地で過ごしてきたランドルフにとって、人生はどこか殺伐としたものだった。どんな理由があろうともすっかり血で汚れきった両手が呪いとなって、どこか人生をあきらめていたようにも思う。
少なくとも、ミリィとの婚約が決まるまでは――。
この戦いは、隣国との間にまたがる山脈から発見されたとある希少な鉱石をきっかけとしてはじまった。
けれどその鉱脈はこの国の領土内にのみ通っていたために、火種となったのだ。ほんのわずかでも国境線がずれていたならば、それらは隣国のものになっていたのかもしれない。そう考えるのも自然なことではあった。
もとより強欲で支配的と悪名高い隣国の現国王は、強硬手段に出た。ある日我が国の領地である鉱山に侵略し、坑夫たちを人質に取ったのだ。そして無理矢理採掘をさせる形で、鉱脈そのものを奪い取ったのだった。
以来、何年もの月日が流れた今も問題は決着していない。
そんな長く不毛な戦いの最中決まった、ミリィとの婚約――。それはランドルフの殺伐とした心を救い上げてくれた。なんとしてでも生きて帰り、ミリィとともに喜びに満ちた人生をはじめるのだ、という夢とともに。
ランドルフはミリィからの手紙をもう一度読み直し、一層目尻を下げた。
戦いはまだまだ終わらないだろう。血に濡れる日々も。けれどミリィのことを考えている時だけは、せめて血なまぐさい戦いのことなど忘れたい。それがほんの一時のことであっても。
「さて、今度は何を書こうか……。そうだ、この間ロイドが食べた毒キノコの話を……。あとは……」
いそいそとペンを取り、便箋に向かう。
そしてここが戦地であることもしばし忘れ、ランドルフはカリカリとペンを走らせるのだった。