文通をはじめるようです
ミリィはランドルフから届いた手紙に目を通し、きょとんと目を瞬いた。
『婚約者殿
品物が無事に届いたとのこと、胸をなで下ろしている。本来挨拶とともに直接お渡しすべきところ、このような形になり申し訳なかった。
とはいえ、正式な挨拶をするのはまだ先のことになるかと思う。そこで、ひとまずは互いのことを知り合うところからはじめてみるのはどうだろうか。
ということで、まずは私から。
私は、西方にある自然豊かな田舎の子爵家の三男坊として生まれた。そのせいか、今も華やかな王都などより自然にあふれた場所の方が心安らぐ。
もちろん獣と遭遇することもあるが、それも食料調達と身体を鍛える訓練の一環にちょうどいい。
先日も川で魚釣りをしていた折、ちょうど魚を食べにきた熊と遭遇し取っ組み合いになった。なかなかの巨体の持ち主だったが、無事魚を横取りすることに成功したところだ。
あなたはどうだろうか。もしお嫌でなければ、あなたのことも教えてくれると嬉しい。
それから、手紙の内容が他者の目に触れる危険もあるため、今後はお互いに仮名でやりとりができたらと思っている。返事をくださると嬉しい。
ラルフ』
それは、首飾りを贈ってくれたことへのお礼の手紙の返事だった。とはいえ、ユリアナからあんな話を聞いた直後とあって、つい儀礼的なものになってしまったけれど。
少し無骨だけれど、一文字一文字丁寧に時間をかけて書かれたであろう文字をもう一度たどり、首を傾げた。
「……。これはもしかして……、文通の提案……なのかしら??」
ランドルフにとってこの婚約は、王命ゆえに断ることのできなかった本当は不本意な話に違いない。
けれど何度読み返してみても、この手紙から漂うのは親しみだった。
婚約を結んだ相手と互いのことを知り合い、仲を深めたいという内容の――。
「ランドルフ様は、もしかして私との婚約を円満に続けるおつもりなのかしら……。結婚も考えて……?? でもユリアナ様は……?? はっ!! まさか外に囲うつもりっ……!?」
貴族にとって、結婚は義務も同然。ユリアナ様のことは別として、結婚は別ものと考えているのかもしれない。外に愛人を囲っている貴族は珍しくはないし、伴侶がそれを認めているのならばそれはそれで平穏と言えるのかもしれないが。
「できたら愛人は……ちょっと嫌なんだけど……」
添い遂げるからにはやはり、愛のある夫婦でいたい。義務だけでつながった形ばかりの冷え切った夫婦というのは、いくらランドルフの幸せのためとはいえ耐えられる気がしない。だって仮にも初恋の相手なんだし。
「でもせっかくこうして歩み寄ろうとしてくださっているんだもの。お返事を書くべき……よね……??」
困惑しつつ、便箋を取り出し書き物机に向かった。
「ええとまずは自己紹介と……、あとは仮名を考えなくてはね。うーん……」
さて何を書けばいいのか、ああでもないこうでもないと考えを巡らす。
「昔会ったことは……きっと覚えていらっしゃらないわよね。ほんの一瞬だし。なら……、私の好きなこと? バザーをしていること?? それとも……」
もしかしたら、ただの社交辞令なのかもしれない。陛下直々の縁談ともなれば無下にもできないし、顔合わせすらしていない婚約者へのただの気遣いに過ぎないのかも。
けれどペンを走らせるうちに、気づけば口元が緩んでいた。
一度会ったとはいえ、ランドルフのことを何も知らないのだ。国の皆が知っていること以外は何も。だから嬉しかった。初恋の人の人となりや好きなことを知ることも、知りたいと望んでくれることも――。
それからしばらく時間をかけ、ミリィは手紙を書き上げた。
そして願ったのだった。どうかこの手紙が無事にランドルフのもとに届くようにと。できることならば、一時の夢でもいいから一通でも多く束の間の婚約者としてランドルフと心を通わせられますように、と――。
こうしてこの日から、いまだ一度も顔合わせすらしていない婚約者ランドルフとミリィの文通ははじまったのだった。