皆で帰ろう
オーランドがほろ苦い思いを噛みしめながら車窓を眺めている頃、その前をひた走る馬車の中では――。
「……」
「……」
「……コホンッ! す……すみません。なんだか私、お邪魔しているみたいで……。どうかお気になさらずお話でも……」
護衛騎士のミランダが、目のやり場に困ったように窓の外を見つめながら口を開いた。
いくら婚約中のふたりとは言え、まだ結婚していない男女がふたりきりでひとつの馬車に乗り込むわけにはいかない。よって護衛騎士としてともに隣国へと渡ってきたミランダが、ともに乗り込んでいたのだが。
馬車の中は静寂に満ちていた。もちろん愛し合うふたりが向かい合っているのだから、険悪な空気でなどあるはずもない。が、そのなんともいたたまれないむずむずとする空気にミランダはいっそ気絶でもしたい気分だった。
「いえ……あの、ミランダこそ何かおしゃべりでも……。あ、そうだ! この間話してくれた騎士団でのおもしろい話でも……!!」
「は……はぁ……。ですが……せっかくランドルフ様とこうしてご一緒されているのですから、おふたりで……」
「……っ!!」
「……!!」
けれどふたりは顔を真っ赤に染めうつむくばかり。もうこうなったら、とミランダはブランケットを頭から被り狸寝入りを決めることにしたのだった。
ガタンゴトンッ……! カタンッ!! ゴトゴトゴトゴトゴト……。
時折小さな小石を跳ね飛ばしながら走る車輪の音が、馬車の中に響く。
ミリィもランドルフも互いに何か話さねばと思いながらも、何から口にすればいいのかわからずにひたすらもじもじしていた。
(あんなに話したいことも話さなくてはならないこともあったのに……。どうしていざとなると、何も言葉が出てこないのかしら……!?)
目の前にあのランドルフがいるのだと思うと、目が合うだけで胸がうるさいくらいに高鳴ってとても会話などできない。ミリィはそわそわとスカートのひだを手で触りながら、もどかしさに悶絶していた。
ランドルフに至っては、いっそ手紙で会話をすればいいのではなどと明後日のことを考え、今にもペンを取り出そうとしていた。
「あ……あの……。ミリィ、その……」
「は……はははは、はいっ!? なんでしょうかっ?」
「そういえば実はあなたに打ち明けねばならぬことが……。その……以前に贈った首飾りのことなんだが……」
「はっ……! 首飾りっ!?」
ミリィは思わず息をのんだ。
「実はあれは、私が選んだものではないのだ……。すまない。婚約してはじめての大切な贈り物だったのに、不義理なことをしてしまって……」
突然の告白にきょとんと目を瞬くミリィに、ランドルフはけがを負って動けなかったために部下のロイドに選んで送らせたものだったのだと告げた。気恥ずかしさから、婚約を承諾してくれた礼をしたためもせずに送ってすまなかった、と。
思わぬ事実を聞き、ミリィはあれはやはり自分の斜め上の勘違いだったのだとあらためて恥ずかしさに頬を染めた。
「いえ……私こそ、てっきりあれはユリアナ様を思ってランドルフ様が選んだのだろうなんておかしな勘違いをしてしまって……」
そのせいで、つかの間の婚約者としての役目を果たさねばと斜め上に突っ走っていたのだとランドルフに打ち明けたのだった。
「そんな……まさかそんなことが……! 誤解が解けたのなら、良かった……。本当に……良かった……」
「はい。本当に良かったです……」
そしてまた沈黙が落ちた。馬車の中に満ちるぎくしゃくとした空気をなんとか変えようと、ランドルフが強引に話題を変えた。
「あ、あぁ! そう言えばユールのパイだがずいぶん王都で人気だったようだな!!」
「は、はい!! ランドルフ様の故郷の味をなんとか作れるようになれれば、と頑張ってみた甲斐がありました! もうユールが出回る季節は終わってしまって、召し上がっていただけないのが残念です……」
「そうか……、そうだよな……。さすがにもうユールは売っていないか……。残念だ……。だが……!! ぜひまたユールが出回ったら……その! 君の作ったパイを食べてみたい……!!」
顔を赤く染め、身を乗り出すようにそう大きな声でたずねたランドルフに、思わずミリィは吹き出した。
「はいっ!! もちろんですっ。必ずお作りしますねっ。ふふっ!!」
そうにっこりと返せば、ランドルフがそのいかつい顔立ちとはなんとも不似合いな満面の笑みを浮かべたのだった。
そしてその後ふたりは、これまで交わしてきた手紙の話題で盛り上がった。きっともっと大切な話すべきことは他にあるのだろう。けれどようやく直に言葉を交わせるようになったばかりのミリィとランドルフには、今はまだこれが精一杯だった。
「あ、そう言えば社交についてのお心遣い、本当にありがとうございましたっ。おかげさまで憧れのモーリア侯爵夫人ともお会いできて、皆さんの助けのおかげで最近では慈善の協力者もとても増えたんですっ!!」
「そうかっ。役に立てたのなら良かった。にしてもまさかマダムオーリーやロぺぺ殿まで味方につけるとは驚いた!」
「ふふっ!! そう言えばロぺぺ様が、ランドルフ様がお戻りになったら私とおそろいのお洋服を作らせてほしいっておっしゃってました!」
「うっ……!! あまり華やかな装いは得意ではないんだが……。まぁ君が世話になったようだし、君とおそろいというのなら……。あぁ、そう言えば劇場の騒動なんだが……」
「わわっ……!! あ、あれはっ!! その……」
そんな他愛もない会話で楽しげに笑うふたりをよそに、ミランダは狸寝入りをしながらひたすらに願っていた。どうか早く、一秒でも早く馬車が国に着くようにと――。
 




