変わりはじめた日常−2
目を吊り上げるマリアンネの後ろで、取り巻き令嬢たちが声を上げた。
「この方ったらこの間は、汗だくでトンカチを握って何か作ってましたのよ!? 淑女ともあろう令嬢がそんな力仕事をするなんて……はしたいないですわっ!!」
「ふんっ。ほんっと、なんでこんな方がランドルフ様の婚約者なのかしら! どうして選ばれたのがマリアンネ様じゃないのかしら……? ひょっとして性格が悪いから……?? はっ……!! い、いえっ。今のはうっかり口が滑って……!!」
「ちょっと、あなた! だめよ、そんな本当のことを言っては!! もっとオブラートに包んでごまかさなきゃ……。あっ……!! いえ、今のはええっと……」
「……あ~な~た~た~ち~っ!!」
取り巻きたちの口からうっかりこぼれたらしい本音に、マリアンネのギロリとした視線が向く。
なんだかんだいいつつ仲良さそうにぎゃあぎゃあとにぎやかなマリアンネたちを、アルミアがあきれたように見やった。
「ちょっと! そんなところで騒がれたら邪魔よっ。買う気も手伝う気もないなら、さっさとどこかへ行ってちょうだい!! それに慈善が選ばれた理由だと思うのなら、そちらもはじめたらいいじゃないの? いいご縁が舞い込んでくるかもしれなくてよ?」
アルミアのその言葉に、取り巻きたちが怒りの声を上げた。
「ふんっ! そんなことしなくても、私にはれっきとした婚約者がいるわっ!!」
「そうよそうよっ!! そちらこそそんなことをしている間に、あなたこそお相手に愛想を尽かされますわよっ!!」
「ご心配なく! 私は婚約者とすこぶる円満ですわ。なんなら、結婚式の招待状でも送りましょうか? そちらこそ、ご自身の心配をなさったら? あなたのお相手が他のご令嬢とデートしてたって噂を聞いたけど?」
「あ、あああああれは、だだだだ、誰かが流した……あああああ、悪質なデマですわっ!!」
気の強いアルミアを筆頭に友人たちとマリアンネたちがやり合うのを聞きながら、ミリィはやれやれと嘆息した。
ランドルフとの婚約が決まって以来、ミリィを取り巻く世界は一変した。
国の守り神と称される英雄の婚約者となったミリィのもとには、毎日のように社交を望む招待状が舞い込むようになった。と同時に、一身に嫉妬を集めるようになってしまったのだ。
マリアンネとその父であるゴード伯爵だけではない。町でも社交界でもひそひそと噂されるようになっていた。しかもそのほとんどが、なぜ守り神と名高いあのランドルフの婚約者があんな家格も見た目も中身も冴えない令嬢なのか、という冷ややかな反応であることも知っている。そんなの、ミリィ自身が一番知りたいことではあるのだが。
肩を落とし落ち込んでいると、小さな声が響いた。
「ミリィお姉ちゃんをいじめないでっ!! お姉ちゃんたちは皆優しいもん! 私、大好きだもんっ。そんな意地悪なこと言わないでっ!!」
「そうだそうだっ!! ミリィは鈍臭いとこもあるけど、偽善者なんかじゃないぞっ。そんなこと、この町の人間なら皆知ってる。お前らみたいな口先ばっかで俺たちを見下してる貴族と一緒にすんなっ!!」
孤児のテッドとミレットの仲良しコンビが、マリアンネたちに立ちはだかった。それに続き、町の人たちも加勢に入った。
「そうですとも! ミリィちゃんもお友だちも、皆いい子だよ。それに品物だって丈夫だし品質は確かだし、なのに手頃な値段だしねぇ! 大助かりさ」
「そうだ! 口先ばっかりで何にもしてくれないお高く止まってるだけのお貴族様とは違ってな。困ってる町のもんにだって笑顔で手を差し伸べてくれるしなぁ!」
「町の者は皆ミリィちゃんたちの味方さ! いくら貴族のお嬢様だって、あんまり意地悪な物言いをするようなら町の者が黙っちゃいねぇよ?」
どんどん大きくなるその声にマリアンネたちはじり、と後ずさった。
「わ、わかったわよ! もうっ……! でも私はあなたがランドルフ様の婚約者だなんて、認めませんからねっ。私のほうがずっとランドルフ様にふさわしいんだからっ!!」
「はぁ……」
悔しげなマリアンネを見やり、ミリィはそっと嘆息した。
婚約者も何も、そもそもミリィはつかの間の存在なのだ。ランドルフが国へ帰ってきたら、ユリアナと幸せになれるよう陛下に進言するつもりなんだし。けれどそれを勝手に口外するわけにはいかなかった。
それにマリアンネの言う通りかもしれない、とも思ったのだ。ゴード伯爵の思惑はともかく、マリアンネの方が家格も上だし淑女教育だってちゃんと受けているし。それに、ランドルフと縁を結ぶためにずっと努力してきたことも知っていたから。
「……」
何も言い返すことなく立ち尽くすミリィに、マリアンネは苛立ったように鼻を鳴らし取り巻きたちと去っていった。
けれどその翌日、ミリィのもとにランドルフからの思いも寄らない一通の手紙が届いたのだった。