それぞれのはじまり
「あぁっ、もう!! くそっ!! なんでこんなにやることが多いんだっ!! きりがないっ」
アズールは大量の文書が積み上げられた机をダンッ、と強く叩き天を仰いだ。
貴族も兵たちが皆逃げ出して空っぽだった王宮は、あっという間に難なく落ちた。そしてすべての元凶である国王も難なくとっ捕まえることもできた。早々に王都から逃げ出した前王妃と唯一の子である王子も、田舎へと逃げる途中流行り病にかかり、道中の教会でふせっているところを無事捕獲できた。
ここまでは順調だった。大きな混乱も犠牲も出すことなく、前体制を排除することができたのだから。が、大変だったのはその後だった。
「一体これまで何をやっていたんだっ!! よくもまぁこんなザルな仕事っぷりで何年も国が持ったもんだと逆にお驚きだっ!! 税の管理も外交も内政もめちゃくちゃじゃないかっ!! 重要文書の管理さえどこに何があるのか、さっぱりわからんっ」
すでに疲労困憊状態のアズールはよろりと力なく立ち上がり、ソファにぐったりと体を投げ出した。前国王が為政者としての仕事をまともにこなしていないであろうことは、容易に想像がついた。が、まさか下に仕える者たちもここまで腐敗しきっていたとは想像していなかった。
「申し訳ございません……。真面目に国を思いなんとか真っ当に仕事に励もうとする者を追い出しにかかるくらい、上層から末端の官吏にいたるまで腐りきっておりまして……。それでもなんとか立て直そうと頑張っていた者もいたのですが……」
申し訳なさそうに身を縮こまらせ謝罪する新たな臣下に、アズールはゆるゆると首を振った。
「いや、それはわかっている……。なんとかしようとした苦心のあとがあちこちに見て取れるからな。お前たちのようなまともな人間が残っていてくれて、ありがたいよ……。本当に……」
「はぁ……。ありがたいお言葉、痛み入ります……」
国を立て直し平穏を取り戻すには、なかなか時間がかかりそうだとアズールは嘆息した。
長く続いた戦争のせいだけではなく、すべての領地で常態化していたひどい税や作物の取り立てにより民は疲弊しきっている。その上病まで蔓延し、踏んだり蹴ったりだ。まずは民たちが飢えぬよう食料供給と医療をなんとかせねばならない。すでに隣国から支援の申し出はあるものの、いつまでも支援に頼るわけにはいかないのだから。
「まったく気が遠くなるな……。だがこれも自分の運命か……」
王族の血を引いているから、というだけではない。王族だろうが平民だろうが、この国に生まれたことに変わりはない。そしてこの国を愛していることも、もっと良い国にしたいという思いも――。
「これも自分がはじめたことだ。それに、大切な民たちが待っているからな……。ならばなんとかするしかないか……」
アズールは首をコキリ、と一回しすると気合を入れ直し立ち上がった。そしてまた鬼のように書類の山と戦いはじめたのだった。
その頃王都では、ひとり頬を染め楽しげに働くミリィをオーランドが病院の窓からなんとも言えない複雑そうな顔で見下ろしていた。その背後に近づく小さな影が、窓の下を不思議そうな顔で見下ろして苦笑した。
「なんだよ。またミリィのこと見てんのか? 先生。まったくあのお転婆のどこがそんなにいいんだか……」
その声に、オーランドは椅子からひっくり返りそうになりながら振り向いた。
「なっ!! ジング! 突然後ろから話しかけるなっ!! 驚くだろうがっ」
慌てふためくオーランドに、ジングはやれやれと肩をすくめてみせた。
「なぁ……先生? そんなにミリィのことが好きなら、強引に奪っちゃいなよ! オーランド先生だって国じゃ天才って言われる優良物件なんだろ? ならミリィだって押せば結婚してくれるかもよ?」
「ばっ……馬鹿なことを言うなッ!! だ、誰がミリィと結婚などと……!? それにその先生というのはよせ! ジング!」
その言葉にジングは大きく頬をふくらませ、口を尖らせた。
オーランドは生意気そうなその顔をじろりと見やり、そしてため息を吐き出した。
「……私は結婚など興味はない。これまでも植物一筋で生きてきたんだ。この先の人生も変わらんっ。結婚などしたら、研究に滞りが出るだろうが! それに……」
「それに??」
オーランドはもう一度窓の下に目を向けた。ミリィは相変わらずひとりでにやにやしながら、嬉しそうに頬を染めて仕事に励んでいる。どうせあの顔は、ランドルフのことでも考えているに違いない。ミリィがあんな顔をする時はいつもあの男のことを考えている時なのだから。
「それに……私ではあんな顔はさせられないからな……。あんな幸せそうな顔は……。だからいいんだ。一時でもともに同じ目的をもって過ごせただけで、……それだけで十分だ」
オーランドの顔に浮かんだ淋しげなけれどどこか満足そうな顔を見やり、小さな弟子はそっとため息を吐き出した。そして。
「ま、そのうち先生にももっと良い出会いがあるよ。なんといったって、先生は世界一の天才薬学者なんだからな!! 俺、その時は絶対応援するよ!!」
そう言ってオーランドの肩をぽん、と励ますように叩いたのだった。




