静かな崩壊
王宮とはこれほどまでに静かな場所だっただろうか、とランドルフは思った。
強固な警備が配されているはずの王宮は人影もなく、ひっそりと静まり返っていた。偉そうにふんぞり返りながら無駄に広い回廊を歩き回る貴族たちの姿もなければ、警備に当たる兵たちもいない。
「どうなっている……? 兵たちや官吏たちはどこへ行った? まさか皆王都から逃げ出したわけではあるまい……?」
「わからん……。しかし軍も空中解体しているとなると、まさか役人たちも皆国を捨てたのか……。しかし一体なぜ……?」
人気のない王宮の中を、ランドルフとアズールは部下たちを引き連れ、奥へ奥へと進む。
カツンッ……、カツンッ!!
その時だった。国王の自室に続くであろう大きな扉の向こうから人の気配がした。
「……声?」
「誰かいるな……。気をつけろ。アズール」
何ごとかを話す声。その気配からしておそらく五、六人はいるはずだ。
ランドルフはすぅ、と呼吸を整え様子をうかがった。すると、断片的に話し声が聞こえてきた。
「陛下は……もう終わ……、……しかしこのままではっ、民が……!」
「医者たちを監禁……、見殺し……けない!!」
「……し、残った我々だけでは……、なんとか……国を……」
言葉の断片から、おそらくは国の行く末を話し合っているのだろう。激しい憂いを帯びた様子に、王宮内のこの静けさの意味を理解した。
王都にいるはずの医師たちもおらず薬さえない理由はわからないが、王宮がもぬけの殻なのは皆自分の身を守るために国を捨てたのだろう。
(ひどい話だ……。民を守り国のために働くはずの者たちが、まっさきに民を残し逃げ出すなど……。ということは、この者たちは国のために踏みとどまったまともな人間ということだ……)
アズールとちらと視線を交わし、小さくうなずいた。
「「……っ!」」
呼吸を合わせ左右から一気に、声の主たちの前に姿を現せば、男たちが一斉に振り返った。
「……っ!! 何者だっ!?」
「あ……あなたたちは一体……!?」
「ま……待てっ!! 私たちは武器など持っていないっ!!」
ランドルフは男たちに戦いの意思がないことを見て取ると、ゆっくりと剣を鞘に収めた。そして。
「お前たちはここで何をしている? ……この先は、国王の自室だろう? 話を聞かせてもらおうか?」
ランドルフの問いかけに、ひとりの男がはっと目を見開いた。
「あ……あなたはもしや、ランドルフ・ベルジア……!? な、なぜ敵の将がここに……!?」
その声に、その場にいた者全員がざわりと色めき立ち顔色を失った。
「それにあなたは……!? その目の色は、王族を示す色ではっ!!」
「金色……?? 一体どういうことだっ!?」
敵国の名将であるランドルフと目に金色をのぞかせた男の登場に、男たちは警戒心と困惑の色を浮かべた。その男たちの前に、アズールが一歩歩み出る。
「……私の名はアズール。アズール・ドラード・ノア・ベルディアだ。……こう言えば、何者か想像はつくか?」
「アズール……? ノア……だとっ!? いや、しかし……まさかそんな……」
「そう言えば噂に聞いたことがある……。陛下の弟君が遺した子が市井にいるという……。まさかあなたは……」
「ではあなたは……、王族の血を引く……正式な王位継承者!?」
アズールとランドルフとが男たちを威圧するように見下ろせば、男たちはどこかほっとさしたように長い吐息を吐き出したのだった。
ランドルフとアズールとは、ひとまず男たちに事情を聞いた。
一体なぜ役人たちが忙しく働いているはずの王宮がもぬけの殻で警備すらされていない状態なのか。皆どこへ消えてしまったのか。王都のあの惨状はどういうことなのか、と。
その問いに、ひとりの男が苦々しい表情を浮かべ口を開いた。
「実は……この国はご存知の通りもう長いことまともに機能してはおりませんでした。けれど誰もあの国王を止めることもできず、はじまった戦争を止める手立てもなくただ手をこまねいて見ているだけでございました……」
別の男がそのあとを継いだ。
「けれどそれでも病が蔓延するまでは、わずかなまともな役人たちで国を守ろうとしたのですが……。そこに流行り病が……」
「病は次第に王都にも広がりはじめ、民たちから怒りの声が上がりはじめたのです。反乱を恐れた国王陛下は……」
それは、一国の終わりとしてはあまりにも静かすぎる、そして恥ずべき崩壊のはじまりだった――。




