ひとりひとりにできること
ランドルフから王都の状況を聞き、オーランドはすぐに動いた。
「ミランダ。すまないがすぐにあの村へ行ってジングにありったけのメギネラとこの間と同じ材料をそろえるように言ってくれないか。あとは薬の精製のできる者も数名、ジングと一緒に王都にきてほしいと伝えてほしい」
「は、はいっ!! すぐにっ」
「ミリィ、君は町に残ってくれ。ここの患者たちを診る者も必要だからな」
その指示に、ミリィは思わずオーランドを仰ぎ見た。
「どうしてですかっ!? 私も王都へ行きますっ!! オーランド様おひとりでは薬の用意と治療両方は手に余るでしょう!! 私はオーランド様の助手なのにっ……」
けれどオーランドはじっとミリィを見つめ、首を振った。
「だめだ! これからアズールたちが王宮に攻め入るんだぞっ! 何が起こるかもわからないところに、君を連れてはいけないっ。君にもし何かあったら……私は……」
「今さら何を言っているんですっ!! ひとりでも人手がほしい緊急事態なんですよっ? ここまでオーランド様と一緒にくぐり抜けてきたんですっ。私も一緒に王都へ行きますっ!! 私は、オーランド様の助手なんですからっ!!」
そうきっぱりと断言してみせれば、オーランドの顔が一瞬戸惑い泣き笑いのように崩れた。
「しかし……私は君を……」
迷うオーランドに、ランドルフが声をかけた。
「オーランド殿……、どうやらミリィの決心は変わらないようだ。確かに心配はある……。できることならば、私もミリィにも君にも安全な場所にいてほしいと願っている。だが……もはやこうなっては、君たちを頼る他ない。念の為、部下を王都の警護として数名置いていく。どうかミリィとともに王都を救ってはくれないか……」
「くっ……!! わかった……」
オーランドも頭ではわかっていたのだろう。今は危険だのなんだのと言っているような状況ではないことを。そしてミリィの覚悟はすでに決まっていることも、当に知っていたのだから。
こうしてミリィとオーランドら医療に当たる者たちと、それを警護する護衛騎士とランドルフの部下数名とが、ランドルフたち一行とは別に王都へと出発することになったのだった。
◇◇◇
出発の前夜――。ミリィは眠れずにひとり夜風に当たっていた。
明日夜も明けきらない早朝に、ランドルフとアズールたちは王都へと旅立つことになっていた。おそらく戻ってくるのはしばらく後になるだろう。なんといっても王宮に乗り込み、現国王らを捕らえ現体制を討ち果たしに行くのだから。
危険を伴わないはずがない。きっと大勢の兵たちとの戦いになるだろう。となれば、ランドルフたちの身に何が起きてもおかしくはなかった。
「なにもかも……うまくいきますように……。どうか皆無事で……。幸運がたくさん降り注ぎますように……」
そう小さくつぶやきながらも、ざわめく胸を抑えきれない。隣国にきてまだひと月にもならないけれど、その間に色々なことがあった。たくさんの不安と驚きと、そして心動かされるような素敵な出会いもあった。でも本当に乗り越えなければならないのは、これからなのかもしれない。
言いようのない不安に心を揺らし、夜空に浮かび上がった白い月を見上げたその時――。
「ミリィ……。どうした? 眠れないのか?」
ふと近づいてきた足音と声にはっと振り返った。
やわらかな夜風が頬をなで、足元をくるりと通り過ぎた。月明かりが落ちる町には他に人影もなく、ひっそりと静まり返っている。そして目の前には、手を伸ばせば届くほどの距離にランドルフがいた。
「ランドルフ様……。こんな時間にどうなさったのですか? 明日は早くに出立でしょう? 風邪をひいてしまいますよ」
ドキドキと急に高鳴りはじめた胸の鼓動を隠すように、羽織っていたストールを胸の前でぎゅっと握り合わせた。
「大丈夫だ。私にはこれがあるからな」
そういってランドルフは、上着の下からちらと以前贈った腹巻きをのぞかせた。
「あ……! 私の作った腹巻き……!! 着けてくださっていたのですね。ありがとうございます……!」
よくよく考えると、守り神と異名を取るランドルフにかわいらしいリーファの模様の入った腹巻きを贈るなんておかしかったかもしれない。けれどランドルフはまんざらでもないようで、嬉しそうにお腹をなでていた。それがまたなんとも嬉しい。
ランドルフはこちらを穏やかな眼差しで見ると、静かに告げた。
「……少し、話をしないか? せっかく会えたというのに、ろくに話をする暇もなかったからな」
胸に浮かんだ不安を隠し微笑むと、ミリィはランドルフと肩を並べて静まり返った夜の町をふたりで歩き出したのだった。




