変わりはじめた日常−1
「いらっしゃいませ。どうぞごらんください!!」
月に一度のバザーの日がやってきた。ミリィは教会の前で、リーファ会の友人たちと元気よく声を張り上げた。
「あっ、いらっしゃいませ! これなんていかがですか? 上等な生地ですから長く保ちますよ? ほら、このボタンで背が伸びても長く着られるように工夫してあるんです!」
「まぁ、本当だ! うちの子ったら背ばかり大きくなるのが早くて、すぐにつんつるてんになっちまうんだよ! でもこれなら長く着られそうだねぇ!!」
男の子用にしつらえた長さを変えられるパンツを感心したように見る母親の隣で、小さな女の子が歓声を上げた。
「このハンカチきれーい!! 鳥さんの刺繍よ!! 私、これがいいなぁ!!」
「おやまぁ、これはまた見事な刺繍だねぇ。もしかしてこれはミリィちゃんが縫ったのかい?」
すっかり顔なじみになった酒屋のおかみの問いかけに、ミリィは苦笑した。
「それはアルミアの作よ! 私は刺繍は全然だめだもの。でもこっちは私よ! 端のレースがきれいでしょ?」
「うんっ! すっごくかわいい!! お母さんっ、私これにするっ!!」
「ふふっ! ミレットったらすっかりミリィちゃんに懐いちまって!! 家でもいつまたミリィお姉ちゃんに会えるかってきかないんだよ!」
「ふふふっ!! 私もこんなにかわいいお友だちができて嬉しい! ね? ミレットちゃん!!」
明るい笑い声が町角に響く。
ランドルフとした約束が形になって、四年。学院を卒業した今も、リーファ会の慈善活動は続いている。月に一度の教会バザーも、すっかり町のおなじみだ。
「さぁ、どうぞ皆さん! お気軽に見ていってくださいね!! 売り上げはすべて、孤児や戦争で生活に困っている方たちの支援に充てられます。小さな品でも結構ですから、どうぞお手に取ってくださいな」
慣れた様子で、次々と商品を町の人たちに勧めていく。
「刺繍入りのハンカチや鍋敷き、肌寒い季節にぴったりなひざ掛けもありますよ! どうぞご覧になってくださいね!!」
通りに向かって大きく声を上げたその時だった。突き刺すような視線にはっと顔を上げれば、通りの向こうからこちらをじっと見つめる見覚えのある顔が並んでいた。
「ねぇ! 見て。マリアンネ様と取り巻きたちがおでましよ……! 嫌ね。また何か意地悪なことを言ってくるつもりかしら?」
隣で接客をしていた友人が、ミリィを小突いた。
「まったくもう! ミリィがランドルフ様の婚約者になってから、すっかりミリィを目の敵にしちゃって……」
「本当よね! 腹が立つわ。自分が婚約者に選ばれなかったのはミリィのせいじゃないのに……!」
友人たちの憤慨する声に苦笑して、ミリィはできるだけ快活に声をかけた。
「ごきげんよう! マリアンネ様、それに皆様も。学院を卒業して以来ですわね。お変わりありませんか? 良かったら少し見ていかれませんか!」
その声に、マリアンネの眉尻がピクリと反応した。
「そんなもの見ないわよっ!! なんで貴族の私が自分たちのお古で作った子ども服だの鍋敷きなんて買うのよっ!! 馬鹿じゃないのっ!?」
言われてみればそうである。貴族令嬢が鍋敷きなんて買う必要もないし、ましてまだ婚約者もいないマリアンネが子ども服なんてほしがるわけない。
「へへっ……。えーと、じゃあもし良かったらおしゃべりでもしていきますか?? 楽しいですよ?」
「だーかーらっ!! なんで私があなたなんかとおしゃべりしなきゃいけないのよっ!! 本当にあなたって人は、いつもどっかずれてるのよっ……!!」
マリアンネの肩がプルプル震えている。どうやらまたご機嫌を損ねてしまったらしい、とミリィは首をすくめた。
マリアンネはゴード伯爵家の令嬢で、ランドルフの婚約者になることをずっと夢見てきたらしい。正確に言えば、マリアンネ自身がというより父親であるゴード伯爵の念願らしいけど。
ランドルフは家格的には田舎貴族の出身だし、嫡男でもない。けれど、軍人としての華々しい経歴と陛下からも厚い信頼を得ているとなれば、皆縁を持ちたいと願うのは当然だ。
ゴード伯爵は、その思いが特に強かった。そのために、娘であるマリアンネに幼い頃から徹底した淑女教育を強いてきたのだ。
それに応え、マリアンネは見た目も美しく華やかで優秀な令嬢に成長した。
なのに選ばれたのは、自分の娘より格下で何の取り柄もなさそうな地味なミリィだった。当然のことながらゴード伯爵は怒り心頭だし、マリアンネもその取り巻き令嬢たちもおもしろくないようで、ことあるごとにこうして絡んでくるのだった。