旅立ちの時
「では、いってまいります。お父様、お母様。それにルイス。私がいない間、このお屋敷をよろしくね」
ミリィはあえて明るい笑顔を浮かべ、家族の顔をひとりひとり見つめた。その後ろには通いのメイドや庭師、ダーナも心配そうな顔で立っている。
いまだ戦争の続く、しかも流行病が蔓延している隣国へとあえて乗り込もうというのだから、皆の心配は当然のことだ。ミリィ自身も決して何の不安もないわけではない。持ち込む特効薬には限りがある。足りない分は自分たちが材料を現地調達して作り続けるとはいえ、自分たちが感染しないとは限らない。
もし薬を提供すべき自分たちまで倒れてしまったら――、運命はもう決まったも同然だ。
けれどミリィの心は揺るがない。ランドルフもその最中で戦っているのだ。ならばそこに自分も行きたい。ランドルフは剣で、自分は薬でともにできる最善を尽くしたい。その一心だった。
「ミリィ……。本当にあなたって子は、言い出したら聞かないんだから……」
「ごめんなさい。お母様……。でもきっとこれは、私の運命だわ。ランドルフ様と出会った日に、私の人生はこうなるように動き出していたのだと思うの」
そう。きっとすべてはあの日の出会いからはじまっていた。ミリィはそう確信していた。
「大丈夫よ。必ず元気に帰ってくるわ! お約束します! ……だからどうか、わがままを許してくださいませ。お母様……、お父様……」
自分を見つめる父の目がしっとりと潤んでいた。涙などみせたことのない父のその姿に、ミリィの目にも熱いものがにじむ。けれど――。
「わかっているよ。お前ならきっとやり遂げると信じているよ。ミリィ……気をつけていっておいで」
「……はい! お父様……」
ルイスはずっと下を向いてうつむいていたけれど、ぐっと顔を上げると。
「ミリィ姉様!! 僕がこのお屋敷をちゃんと守って、僕にできることをちゃんとこなしてここで待っています!! だから……だから……」
ルイスの目からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「だから……必ず戻ってきてくださいね……!! ミリィ姉様……!! 絶対に……絶対ですからね!!」
「ルイス……。ええ! 約束するわ……。絶対にここへ元気に戻ってくるわ。大好きよ! ルイス……、お父様、お母様!! ダーナも! それに皆も……!!」
つかの間の別れを前に強く抱き合いながら、ミリィの目からついに涙がこぼれ落ちた。それを拭い、笑みを浮かべ馬車に乗り込もうとした時だった。
「ミリィ!! 待ってっ!! もう少しだけ待ってちょうだいっ」
「アルミア!! 皆!? マリアンネ様までっ?!」
息を切らせ、リーファ会の皆がかけ寄ってくる。
「こ……これを!! 皆で作ったの……!! これを、お守り代わりに……!!」
「……?」
アルミアに手渡されたそれを見て、ミリィは目を潤ませた。
「髪飾り……。皆で用意してくれたの……?」
それは、何色ものリボンを束ねて作った髪を結わえるための髪飾りだった。皆それぞれの願いや思いを束ねたようなきれいなそれを見つめ、ミリィの胸が熱くなった。
「孤児院の皆もテッドもミレットちゃんも手伝ってくれたの……。あなたがどうか無事に帰ってくるようにって……」
「薬を作るお手伝いも、慈善活動も私たちに任せてね!! だからあなたは存分に隣国で……ランドルフ様と一緒に戦ってきてちょうだい!! あなたなりのやり方で……!!」
「ミリィ……! 気をつけて……!! 皆待ってるわっ」
アルミアは、今にもこぼれ落ちそうな涙を目の淵にたたえつつも笑みを浮かべていた。友人たちは顔を涙でぐちゃぐちゃにしつつも、明るい声で励ましてくれた。
そして、マリアンネは。
「あなたが簡単にへこたれない強い人間だって、私は知ってるわ。じゃなきゃ、ランドルフ様に選ばれるわけないもの。だから……必ず帰ってきなさいよ! じゃなきゃ許さないんだから!」
にらむような強い視線だったけれど、その目が潤んでいるのに気づき思わずぐっときた。
「ええ!! もちろんよ! ……ありがとう、皆。いってきます! 私……精一杯頑張ってくるわ!」
そしてミリィは旅立ったのだった。
できたばかりの特効薬とありったけの代用薬。そして薬を作るための道具一式と、最低限の身の回りのものだけを手に――。




