希望はいまだ闇の中
その数日後、ランドルフたち一行はアズールとの待ち合わせ場所である王都近くの小さな町に到着した。けれどその様子がおかしい。人気もなく閑散とした通りを見やり、ランドルフの背中に嫌な汗が伝った。
しばらく使われていないと思しき、乾いた水場。遊び回る子らの声も、威勢の良い商売人のかけ声も聞こえない。
そこには乾いた土埃が吹き抜ける風にただ舞い上がり、静まり返っていた。
「ランドルフ隊長……。まさかここも……」
ロイドの愕然とした声に、ランドルフは厳しい顔でうなずいた。
嫌な予感がどうか外れていてくれと願いながら、町の大きな通りへと向かってみれば――。
「くそっ……!! やはりここもか……」
眼の前に広がる惨憺たる光景に、言葉を失った。
道端に力なく横たわり、立ち上がる気力さえない様子で水をくれとこちらに手を伸ばしてくる者。もはや泣く力さえ残っていないのか、ただぼんやりと空を見つめる赤い顔をした子ども。
その体には、皆一様に見覚えのある発疹が浮かび上がっていた。
「隊長……。もしやアズール様も……病に……」
考えたくもない可能性を振り払い、ひとまずアズールの姿を探す。その時ふと通りの先に、何かが動く姿が見えた。
「アズール!!」
大きな身体に特徴的な赤茶けた髪色。アズール本人に間違いない。ランドルフの声に、アズールが振り返った。
「ランドルフ! いいところにきたっ! すぐに手を貸してくれっ!! この町中、病人だらけだ!!」
急ぎ近づいてみれば、そこには町中から集められた病人たちがずらりと横たわっていた。どうやらこの町も、食糧に相当困窮していたらしい。
「アズール! まずはお前は部下たちを呼び集めろっ。この病に効く特効薬が手に入ったんだ。まずはお前たちがそれを飲むんだっ!」
「しかし我々はまだ感染など……?」
困惑するアズールに急ぎ事情を説明し、村でしたのと同じやり方で患者を運び込んでいく。
どうやらアズールがこの町に到着した時には、すでにこんな有り様だったらしい。
「あちこち薬や食糧がないか、探し回ってみたがどこにもないんだ……。それに医者も病院も空っぽで……」
「ただでさえ物資の行き渡らない村なら薬や医者がいないとも考えられるが、王都近くのこんな大きな町にも薬も医者がいないとは一体どういうことだ……? どうもおかしいな……」
ランドルフのつぶやきに、アズールも小さくうなずいた。けれど今はそんなことを考えている暇はない。ともかくも患者たちを一刻も早く助けなければならなかった。
「すでに数人王都にも部下を潜入させ、様子を見させているんだが……、どうも王都も同じ状況らしい。軍の姿も王都の警備に当たる兵の姿も見えないし、あまりに静かすぎる、と――」
「……なんだとっ!? 一体何がどうなっている……? 戦時中だというのに最も守るべき王都に軍も兵もいないだと……?」
アズールの顔が重苦しく曇った。
「どうやら討って立つのが遅かったようだ……。私がもっと早く国のために立ち上がっていれば、こんな最悪の状況は避けられたかもしれない……。せめて病が蔓延する前に現体制を討ち滅ぼせていたのなら、こんなひどい有り様には……」
目の前のあまりの惨状にうなだれるアズールに、ランドルフは檄を飛ばした。
「今は過去を振り返っている時じゃない!! 今は一刻も早く苦しむ人々を助けるしかないっ。いいか! アズール。お前たちはひとまず食糧と水をかき集めてくれ!」
「あ、あぁ! そうだな……。わかった。だが、薬はどうする!? 薬もなし、医者もなしではさすがに……」
ランドルフはしばし思案し、急ぎ部下を呼び寄せた。
「急ぎ薬をこちらに送ってもらうよう、陛下に嘆願する! お前はこれを急ぎ国へ届けてくれ!! 大急ぎだっ! 頼むぞっ」
「はいっ!!」
ランドルフが急ぎ書きつけた嘆願書を手に、部下がかけ出していく。
あの特効薬さえあれば、感染の拡大も防げるし回復の早さもあの村で実証済みだ。だが当然のことながら、あの薬は自国で開発されたばかりのもの。この国に製法が伝わっているはずもない。メギネラから作られるということは薬の説明に書いてあったものの、その製法まではわかるはずもない。
そして今手元に残っている薬は、アズールたちに与えてしまえばあとはほんのわずかだった。
「アズール……、お前たちは王宮に攻め入る用意を急ぎ整えてくれ! 薬を急ぎ届けてもらうとしても、果たして間に合うか……」
「……!」
「今は、この国を悪政から救い出すための希望の光を消すわけにはいかない!! 薬さえ間に合えば、あとはなんとかなる……。ここからは、ひとりでも多くの民を救えるかどうかの時間との勝負だ」
ランドルフは、奥歯を強く噛み締めた。
(果たして薬がくるまでに、持ちこたえられるかどうか……。民がいなくては国の平穏も何もあるものか……!!)
ふと見上げれば、空には今にも雨が降り出しそうな重苦しい雲が広がっていた。暗い未来を連想させるようなその空に、ランドルフは深く嘆息し険しい表情を浮かべたのだった。




