広がる暗雲
ミリィがランドルフへと向けでき上がったばかりの薬を送り出した頃、隣国では――。
「隊長!! 食料は何も残っていませんっ。おそらく皆軍に持っていかれたあとかと……」
「ロイド!! 急ぎ重症者を一箇所に集めてくれっ。軽症者とはできるだけ隔離するんだ。お前たち、手袋と口に覆いをするのを忘れるなよっ!!」
現体制を廃するための同志を募るために、ランドルフとアズールは各地を巡っていた。そのうちのある村を訪れたランドルフたちは、思わぬ騒動に巻き込まれていた。
「くそっ……!! 無事な者がひとりとしていないとは……、なんという感染力だ……。これはちとまずいことになったな……」
ランドルフの顔に、焦燥が浮かんだ。
その村は、熱と発疹に苦しむ者たちであふれ返っていた。
自国でも同じ病が流行っていることはランドルフも知っていた。けれどその猛威は、想像を遥かに超えていた。
その上王国軍たちの奪略のために食料も薬もなく、井戸水があるきりのひどい状況だった。
ランドルフとアズールたちは、目の前の惨状に言葉を失った。
「どうします……? 隊長……? 医者のいる一番近い町までは馬で二日はかかりますし、すでに医者がいないという噂も……。近隣の町や村にももう食料なんて残ってないでしょうし、このままじゃ……」
「ううむ……」
ただでさえ食料が足りない状況下で働き盛りの若者たちは皆兵にとられ、いまだ帰ってきていない。町や村に残されているのは、体力のない老人や女性子どもばかり。
その上皆栄養状態も悪いときている。そんな中で病が広がれば、最悪な事態に陥ることは目に見えていた。
ランドルフは、選択に迫られていた。このままこの村に滞在すれば、部下たちを危険にさらすことになる。長く続く戦いで、部下たちもまた疲弊しているのだ。もし感染したら、重症化する恐れもある。
(部下たちを、なんとしてでも無事に国に帰す責任がある……。皆国に大切な家族や恋人を残してきているのだから……。少なくとも病にかかって死ぬようなことだけは……。だがこのまま村人を捨て置くわけにも……)
そしてアズールは、これからこの国を背負って立つたったひとつ残された希望の光だった。それが万が一失われるようなことがあれば、それこそ重大な損失だ。アズールとともにこの戦いを一日も早く終わらせ、両国に平穏をもたらさねばならぬのだから。
思案するランドルフの腕を、かたわらで倒れ込んでいた老人が震える手でつかんだ。
「どうかこの村を……助けてくだされ……。本来ならば敵であるあなた方に助けを求めるなど、おかしなこと。ですがこのままでは、村人たちはもう……。あなた方しかおらんのです……。このままでは皆死んでしまう……。どうか……どうかお助けください……」
老人はそう言うと、気を失ってしまった。額に手を当ててみれば、ひどい熱で呼びかけても返答はない。
痛々しいその姿と悲痛な訴えに、ランドルフは覚悟を決めた。
「アズール!! お前は今すぐにこの村を去れ!! お前まで病に倒れてはこの国の未来が終わるっ。その代わり、一刻も早く目的を果たすべく準備を整えておいてくれっ!! お前のなすべきは現体制を倒し、新たな国を打ち立てることだ!!」
「しかしっ!! お前たちにだけ任せるわけには……!!」
アズールが叫んだ。しかし今は問答している暇はない。
「いいから行けっ!! ここは私たちがなんとかするっ!! お前には、お前にしかなせないことがあるだろうっ!! それを見誤るなっ」
アズールは「ちっ!!」と舌打ちすると。
「必ずやこんな悪夢を終わらせるっ!! だから先に行くっ!! ここは頼んだぞっ。ランドルフ!!」
そしてアズールは自らの部下を引き連れ、急ぎ村を去っていった。ランドルフはそれを見送り小さくうなずくと、部下たちに向き直り告げた。
「お前たちっ! そこの四名は森でありったけの食料を確保してこいっ! 残った者はまずは軽症者の搬送を!! ロイド! お前は私とともに重症者をあの建物に運び込むぞっ!! ただし、発疹には素手では決して触れるなよっ!」
ランドルフは心身の疲労が見て取れる部下たちをできるだけ重症者から遠ざけ、自分をはじめとした頑強な者数名で重症者の看病に当たった。
ここにいるのは、戦いなど無縁な守るべき民だ。たとえ自国の民ではなくとも、守るべき存在であることに何ら変わりはない。
これまで両手を血に染めてきた償いでもある。ランドルフは地面にぐったりと横たわる老人を担ぎ上げると、村を救うべくすぐさま行動を開始したのだった。




