アルミアは憂う
ミリィがオーランドの助手になってからしばらくたった頃、アルミアが屋敷を訪れた。が、今日も研究のために薬学院に出かけていてミリィに会えず仕舞いだった。
「まったくもうっ、ミリィったらまた斜め上に突っ走って!! まさかあの王立薬学院にまで乗り込んで、挙げ句オーランド様の助手になるだなんて想像もしてなかったわっ! しかもこんなに毎日休みなくなんて、頑張り過ぎよっ!!」
バザーに出す品を届けにきたアルミアが、紅茶を飲みながら頬をふくらませた。
「ミリィ姉様らしいですよね。本当に……」
ため息混じりにけれどどこか誇らしそうに答えたのは、ミリィの弟であるルイスである。
ルイスにしてみれば、姉の猪突猛進ぶりは今にはじまったことではない。でもその行動のもととなるのはいつだって、誰かを助けたいとか役に立ちたいと言った思いだったから、そんな姉を心配こそすれ尊敬もしていた。だから今回の助手の件も、それほど驚きはしなかった。
まして今回は婚約者であるランドルフのためでもあるとなれば、なおのこと。
「ルイスったら、またそんな達観したようなことを言って……! 慈善活動だけでも毎日忙しいっていうのに、さらにオーランド様の助手として毎日研究に没頭するなんていくらんでも無茶し過ぎよ。そのうち倒れちゃわないか、こっちはハラハラよ……。まったくもう……」
きっとランドルフのいる隣国にまで感染が広まっていると聞いて、いても立ってもいられなくなったのだろう。ミリィが一度も対面したことのないランドルフをなぜそこまでひたむきに思っているのかはわからないけれど、婚約者となった相手を心配する気持ちは理解できる。
けれど、大切な友人が過労で倒れてはしまわないかと心配する気持ちだって、少しは理解してほしい。
「まぁ……でもミリィ姉様はランドルフ様のことが大好きですからね! 僕もランドルフ様が義理の兄様になってくれるの、とっても楽しみですし!!」
「ルイス……。あなた、そんなに目をキラキラさせちゃって……。はぁ……。まぁ気持ちはわかるけど」
アルミアはやれやれとため息を吐き出し、差し出されたダーナ特製キャロットケーキを頬張った。
「ごめんなさいね。あの子ったら一度思い込むとまっしぐらなところがあるから……。私たちも心配はしているのだけれど、聞かなくて……。あなたが心配していたってちゃんと伝えておくわ」
「おば様が悪いんじゃないわ。私だって、もちろんミリィの頑張りを応援してはいるんだし……」
幼い頃から行き来しているこの屋敷は、アルミアにとってもはや第二の家のような場所だ。よってミリィの家族や使用人たちもまた、アルミアにとって近しい存在でもある。
「ところで、ずっと私気になっていたのだけれど……。ランドルフ様との婚約って、純粋に王命で決まったものなのですか? おじ様」
アルミアはずっと疑問に感じていた。
家格的にも政略的にもこの縁談は、国にとってもランドルフにとってもこれといって利はない。なのになぜ、レイドリア家の令嬢との縁談が持ち上がったのだろうと。
婚約が決まった時ミリィも相当に驚いていたから、面識があったとは考えにくい。社交とは縁のない一族だし。
するとミリィの父は、しばし考え込んだのち口を開いた。
「うーん……。それが正直私にもわからんのだよ。一度だけ王宮でランドルフ様がいらっしゃるはずのパーティに出席したことがあるんだが、その時も特に言葉を交わした覚えもないしなぁ……。だが、もしかしたら……」
「もしかしたら……?? なんですの? おじ様」
意味深な間に、アルミアが首を傾げた。
「いや……。これは私の気のせいかもしれないんだが、どうもランドルフ様はミリィのことを知っているようなそんな気がしてね……」
「……??」
二年ほど前何かの折に王宮に呼ばれた時、一度だけランドルフとすれ違ったことがあった。その時なぜかランドルフが自分を見てやわらかな表情を浮かべたのだ。面識などこれといってないはずの、自分に向けて。
その後しばらくして、リーファ会の活動が王宮で話題になっているという噂を耳にした。あのランドルフが、ミリィの活動をあれもまた国を守る立派な行為だと口にしていた、と。
その時ふと思ったのだ。もしかしたら、ランドルフはミリィのことをどこかで見知っているのではないかと。
ミリィからはランドルフと接点があったなんていう話を聞いたことはない。が、どうやら特別な感情を抱いているのは感じ取っていたし。
だから婚約の話がきた時に、二つ返事で了承したのだ。きっとあの方ならば娘を幸せにしてくれるに違いないと思えたから――。
「まぁ、そのうちに色々とわかるだろう。とにかく今は、あの子があまり突っ走り過ぎないように見守るとしよう。私たちのかわいい頑張り屋の娘を、ね」
アルミアは娘への愛情をにじませたミリィの父の言葉に、小さく苦笑するとこくりとうなずいたのだった。
 




