一日は魔窟の片付けから
オーランドの助手となったミリィの一日は、オーランド専用の研究室兼自室の片付けからはじまる。
オーランドは一応はれっきとした貴族家の次男ではあるのだが、子どもの頃から筋金入りの植物オタクだったらしい。年頃の子どもが興味を示すようなものには一切関心がなく、ろくに友人を作る機会もないまま類稀なる天才かつ変わり者の植物学者に成長した。
それは、この王立薬学院内でも同じ。一匹狼というのかなんというのか、あまりの天才ぶりと熱すぎる情熱ゆえにここでも浮いた存在らしい。
だからこそ、薬学について記された本の中でも特にマイナーな自著に興味を抱いたミリィが、同士のように思えてなんとも嬉しかったようである。
とはいえ、何の知識も経験もないミリィを助手にするなど、暴挙が過ぎる気がするのだけれど――。
そんなオーランドには、難点がふたつあった。ひとつは研究に夢中になるがあまり、人使いが滅法荒いこと。もうひとつが、この魔窟だった。
ミリィは昨日きれいに片付けたはずの室内をぐるり見渡し、深いため息を吐き出した。
よくわからない鮮やかな色の薬品が染み付いたソファには乱雑にブランケットが置かれ、テーブルの上には読みかけの本が何冊も積み上がっていた。
『どうせ来春には兄夫婦が屋敷を継ぐ。そうなれば別に居を構えることになるからな。もとより住む場所にこれといってこだわりもない質だし、ここに寝泊まりするほうが合理的だ』
オーランドはそう言うけれど、だからといって自分に与えられた研究室兼自室を魔窟化するのはいくらなんでもどうだろうと思うのだ。こんなに散らかっていては薬を作りながら病気になりそうだ。
ミリィは床の上に落ちていたオーランドの元は白かったであろう白衣を持ち上げ、顔をしかめた。
(うわぁ……! これ……草の汁が染み付いてまだらになってる……。早いところ洗わなくちゃ染みになっちゃうわ……)
やれやれと苦笑しつつミリィは袖をまくり上げ、いそいそと汚れた白衣を抱え洗い場へと向かったのだった。
手慣れた様子で汚れた白衣などをじゃぶじゃぶ洗っていると、ふと話し声が聞こえてミリィは手を止めた。
「最近オーランド様、機嫌よくないか? いつもなら俺たちの存在なんか目にも入っていないのに、今日は鼻歌なんか歌ってたぞ?」
「あぁ、そりゃああの子のせいだろ? ほら、あのランドルフ様の……」
ドキリ、とした。思わず手を止めそろそろと振り向く。けれど研究員たちはミリィの存在に気づくことなく、話し続けていた。
「ミリィとか言ったっけ? 子爵家だったか男爵家だったかのご令嬢だよ。なんでもランドルフ様に薬を渡したいとかなんとかで、オーランドのところに弟子入りしてるらしいぞ」
「へぇ! あのオーランドがよく許可したな。人間嫌いで有名なのに」
「まったくだ。それによくあの人と意思の疎通ができるよなぁ……、あの子」
「まさかオーランドがあの子といい仲になったりしてな……?」
「馬鹿言えっ!! あの子はあのランドルフ様のお相手だぞ? そんなことになったら国中大騒ぎだよ」
「それもそうか! それにあのオーランドが色恋なんて、どう考えたって無理があるもんな」
「そうさ! ははははっ!!」
遠ざかっていくその会話を聞きながら、ほぅ……と息をついた。
(すっかり私が助手になったこと、皆に知れ渡っているみたいね……。女性が少ないから、目立つのかも? にしても恋の相手だなんて……変なこと言わないでほしいわ!! まったく……)
けれど確かにあの人たちの言うこともわかる。オーランドが誰かに恋をしている姿など、とても想像できない。植物に恋をしているという意味ならかなり情熱的だけど。
ミリィはオーランドが薬草を見つめ愛をささやいている姿を想像して、思わず吹き出した。
(こんなことオーランド様にバレたら怒られそう。ふふっ! さっさと洗濯を終えて研究のお手伝いをしなくちゃね! 今日は確かメギネラの種子の成分を分析するんだったわね……。じゃああとで倉庫に行ってこなくちゃ……)
ミリィはせっせと手を動かしながら、今日の研究予定に頭を巡らすのだった。
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