ふたりの将
パチパチパチパチ……。パキッ……!
焚き火を挟んで、ランドルフはアズールとその部下たちと向かい合っていた。
「……アズール殿といったな。あなたはこの国を、現体制から自分の手で救い出したい……と?」
ランドルフはアズールの顔をじっと見やった。
アズールに付き従う男たちは、総勢十二人。いずれも屈強な、鍛え上げた身体つきの者たちばかり。その顔には、アズールへの強い信頼が見て取れた。
「私は現国王の弟である父と平民の町娘との間に生まれた。母は私を産んですぐ亡くなり、父もまもなく兄に毒殺されたから何の記憶もないが……」
アズールはぽつりぽつりと語りだした。自分の出生とそれにまつわるあれこれを。
現国王である強欲で横暴な兄と、芸術と国をこよなく愛するアズールの父である弟。その兄弟仲は幼い頃から最悪だったらしい。特に兄が若くして国王として即位してからは、民を人間とも思わない横暴ぶりに苦言を呈す弟を現国王は排除する機会を伺っていた。そしてある日それを実行したのだ。
現国王により密かに毒殺されたアズールの父は、町娘との間にアズールをもうけていた。だがその出生が知られれば、すぐさま殺されてしまう。そこで、国を思う忠臣たちがアズールの身を隠したのだった。
「私が自分の出生を知ったのは、十才の時だ。自分にあの強欲で薄汚い国王と同じ血が流れていると知って、ぞっとしたよ。と同時に、怒りを覚えた……」
アズールはその目に静かな怒りをたぎらせた。
「……こんなくだらない戦いのために、民も国土も疲弊しきっている。これ以上大切なものを奪われ、踏みにじられ黙っているわけにはいかない……! だから私は立つことにしたのだ。現体制を討ち、新たな為政者として立つために……!!」
ゆらり、と目の中で金色が激しく揺れた。ランドルフはそれをじっと見やり、口を開いた。
「……とはいっても、疲弊しきった民は皆現国王に怒りを募らせている。今さら王族に期待を寄せる民などいるとは思えないが?」
ランドルフは、わざと挑発するようにアズールを見やった。
口先だけならばなんとでも言える。本当に命と人生をかけて国を救う気があるのかどうか、確かめたかった。
散々現国王の悪政に苦しみ抜いてきたことで、同じ血を引くアズールに不信を抱く民がいてもおかしくない。それを肌で感じ取っていたからこそ、ランドルフはアズールに揺さぶりをかけたのだった。
するとアズールは口の端をわずかに上げ、目をきらめかせた。その目の中に、ランドルフは燃え盛る火のような信念を見た。
「もちろんこの血ひとつで、民の信頼を得られるなどとは思っていない。だが、同じ血を引く現国王を私がこの手で討つことで、少なくとも民の溜飲は下がるだろう。その上で私の命も消したいと思うのならば、それも致し方がない。もとより命を惜しむつもりはないからな」
「ふっ……。そうか……」
ランドルフはしばし黙り込み、男たちを見やった。
すでにアズールたちは、各所でともに同志を募っていた。だが皆、戦いなどろくに経験したことのない民ばかり。圧倒的に戦力は足りない。そこでこの戦いを早く終わらせたいという同じ意志を持つ自分の協力を仰ぐべく、危険を冒したずねてきたのだろう。
(抜け目のなさそうな、いい面構えだ。手にできた胼胝やあちこちにある古傷……。おそらくこんな日がくることを予測して、ずっと剣の鍛錬も積んできたと見える……)
この男は、この国の希望の光となるかもしれない。だが他国であるランドルフがこの男に手を貸したとなれば、それこそ両国の火種となりうる。この男が次なる為政者として現体制に取って代われるかどうかは、今の時点では五分五分なのだから。
「ランドルフ・ベルデア殿。そのために、貴殿の力をどうか貸してはもらえないか? この国の未来とくだらない戦いを終わらせるために……。あなたの力がどうしても必要だ」
アズールの言葉にランドルフは静寂で応えた。じっと視線を交差させるふたりの男の間に、沈黙が落ちる。
研ぎ澄まされた夜の空気の中でパチッ、と火が爆ぜた。
「……いいだろう。ただし、すべての計画を国に伝えさせてもらう。他国の政治に口を出すのは、やはりリスクを伴うからな。我が国の民を新たな火種に巻き込むわけにはいかない。……それでいいか?」
「あぁ……!! もちろんだ。感謝する……!! ランドルフ殿」
アズールと男たちの目が輝いた。
ランドルフは感じていた。アズールはきっとやり遂げるに違いない、と。この国の淀んだ空気も暗い雲に覆われた未来も振り払う希望の種になるだろうと。
ランドルフは口元に笑みを浮かべ、アズールを見やった。
「ではさっそく、計画とやらを聞こうか?」
対するアズールの口元にもよく似た笑みが浮かぶ。
「あぁ、それは……」
口元に不敵な笑みを浮かべ、策略を練りはじめたふたりの将。その間を、一迅の風が吹いた。
けれど、ランドルフのいる空に新たな暗雲が広がりはじめようとしていた。そしてそれは遠い空の下、ミリィのもとにも――。




