劇場は大騒ぎ
町の大通りにある劇場の前に立ち、覚悟を決め足を踏み入れようとしたその時だった。
「あなた、一体どういうおつもり? こんなひどい噂を流したら、ランドルフ様の名前に傷がつくじゃないのっ!?」
中から聞こえてきた聞き覚えのある鋭い声に、ミリィは思わず足を止め中をのぞき込んだ。
そこには、憮然とした表情で煙草の煙をくゆらせるユリアナと、なぜかその前で仁王立ちするマリアンネがいた。
(どうしてここにマリアンネ様が……!? あの噂のことで、ユリアナに話を? でもどうして……??)
マリアンネが目を吊り上げ、ユリアナを怒鳴りつけた。
「ランドルフ様に命を守ってもらってる身で、よくもランドルフ様の名に傷をつけるようなあんなくだらない噂を流してくれたわね……!! しかもあんなくだらない嘘を!」
ユリアナはそんなマリアンネを小馬鹿にしたように一瞥すると。
「あら、噂ってなんのことかしら? 私にはさっぱり……。さてはランドルフ様の婚約をよく思ってない人が適当に流したのじゃなくて? それに嘘とは限らないのではなくて? ランドルフ様だって、所詮はただの男だもの。他に女がたくさんいるかもしれなじゃないの」
そう言い放つと、マリアンネを嘲笑った。けれどマリアンネも負けてはいない。
「白々しい!! あなたが流した話だってことはとっくに調べ上げてあるのよ。しかもあることないこと……!! ランドルフ様の名前に二股男だのホクロマニアだの不名誉な噂がくっついたら、困るのよっ!! 今すぐ撤回なさいっ!! ランドルフ様はそんな不誠実な方じゃないわっ!!」
そう言ってビシッとユリアナに指を突きつけた。
(ホ……ホクロマニア!? それは確かに不名誉かもしれないわ。なんだかいかがわしい響きだし……)
けれどそれ以上に驚いたのは――。
(マリアンネ様、ランドルフ様が優良だから伴侶にって望んでいたわけじゃなかったのね……。私、てっきりランドルフ様のことなんてなんとも思っていないのだとばかり……)
これまでマリアンネがランドルフのことをほめそやすことも、好きだとかいった発言を一度も聞いたことがなかった。ゴード伯爵だって、娘の結婚相手にはそれなりの身分や能力のある男でなければ、と常々口にしていたし。
でも今の口ぶりは――。
(マリアンネ様もランドルフ様のことを大切に思ってたんだわ……! じゃなきゃわざわざこんなところに乗り込んでこないもの……)
マリアンネも自分と同じくランドルフに感謝して尊敬の念を抱いているのだと知って、ミリィは頬を緩ませた。
あんなに国のために日々頑張ってくれているのだ。それを肩書や戦果だけでちやほやされているのを見るのは、どこか寂しかったから。
(良かった……。ランドルフ様のことをちゃんとわかってくれる人は、まだまだたくさんいるんだわ。嬉しい……)
ほわりとあたたかくなった胸にそっと手を当て、ミリィはひとり微笑んだ。
けれどそれに続いたユリアナの言葉に、ミリィは愕然とした。
「はぁっ!? 何よ、ランドルフ様だって戦争の度にたんまりとお金をもうけてるんだもの。噂くらい気にしないわよ! それにこんな話、人気のある方なら別に珍しくもないでしょう!!?」
「な……なんですってぇ!? ふしだらなあなたとランドルフ様を一緒にしないでちょうだい! あの方はねぇ……!!」
言いかけたマリアンネを、ユリアナが小馬鹿にするように鼻で笑った。
「ふんっ! どうせあなただって、名誉やお金目当てであのミリィって子の後釜を狙ってるんでしょ? あなただって私と同じ穴の狢じゃないの!」
「ちょっと!! それ、どういう意味……!?」
思わず、ミリィは飛び出していた。
「ユリアナ様っ!! それは違いますっ! マリアンネ様はそんな人じゃないわっ。あなたと一緒にしないでっ!! マリアンネ様はずっとランドルフ様に見合うようにって努力を重ねてこられた立派な方ですっ!!」
「えっ!? ミリィ様っ?? なぜここにっ?? ていうか、もしかして今の話……!?」
突然姿を現したミリィに、ふたりが一斉に振り返った。
「ランドルフ様のことだってそうですっ!! どうしてランドルフ様が悪く言われるような噂を流したんですかっ!! 心から愛しているならどうしてっ……!?」
両手をぐっと握りしめ、ユリアナの前に立ちはだかる。ユリアナは一瞬固まっていたけれど、顔を苛立たしそうに、歪めるといい捨てた。
「馬っ鹿じゃないの!? 恋だの愛だの感謝だのが何になるっていうのよっ。あたしはあの人の恋人だって言えば、ちょっとは名前が売れて金になるかと思っただけよっ……!!」
「金……? 名前を売る? それって一体どういう……」
わけがわからず、ミリィは混乱に陥った。
「だって心から愛し合ってるって……、泣く泣く別れたんだって……。ユリアナ様がそうおっしゃったんじゃないですか……!? なのにお金ってどういう……??」
その疑問を解いてくれたのは、マリアンネだった。




