広がる噂
ある日のこと、アルミアがたずねた。
「ねぇ、ミリィ。そういえば私最近気がついたんだけれど……。マリアンネって最近絡んでこなくなったと思わない? 取り巻きもなんだか静かだし??」
「そういえばこの間、バザーへの足しにって不要になった衣類やなんかを寄付してくれたわ。マリアンネ様も取り巻きさんたちも」
「は……!? あの……マリアンネたちがっ!? あんなにバザーを馬鹿にしてたのに??」
愕然とした顔で驚くアルミアに、ミリィはこくりとうなずいた。
確かにあの時は驚いた。まさかあのマリアンネがバザーに協力してくれるなんて思いもしなかったから。ドレスにクッションに、ちょっとした小物まで提供してくれて、大層助かったのだ。
「あのマリアンネがねぇ……。どういう風の吹き回しかしら……?? やっとランドルフ様の婚約者があなただって認める気になったのかしら?」
「さぁ……?? でも確かにいわれてみれば、意地悪なことも言ってこなくはなったわね……。なんでかしら??」
アルミアと顔を見合わせ首を傾げていると、そこにリーファ会の一員でもある友人が勢いよく飛び込んできたのだった。
「ミリィ!! アルミア!! 大変よっ。町が噂で大変なことになってるのっ! きてちょうだいっ!!」
「噂!? 一体何の??」
「町に出てみればすぐにわかるわよっ!! もう大騒ぎなんだからっ!!」
勢いよく連れ出された町でミリィとアルミアが見たものは――。
ざわざわ……!!
どよどよ……!!
「おいっ!! 大変だっ。あのランドルフ様が町の踊り子とミリィちゃんを両天秤にかけてたんだとよっ!!」
「踊り子って……あのユリアナかいっ!? まさかあんな女に?? 何かの間違いだろうっ!?」
「それがさ、その当人のユリアナがこの噂を広めてんだとよっ! なんでも婚約が決まって、ランドルフの旦那がユリアナを捨てたとかなんとか……。大層ご立腹らしいぞ?」
「ランドルフ様は腰のホクロに口づけるのがお好きなんだとよっ!! くぅぅぅっ!! ランドルフ様もやるねぇ」
「なに言ってんだいっ!! あのランドルフ様があんな尻軽女を相手にするもんかいっ!! 何かの間違いに決まってるさっ」
町はユリアナとランドルフの恋の噂でもちきりだった。
ランドルフがミリィと婚約する前にユリアナと恋仲で、婚約が決まったことでユリアナがひどい捨てられ方をしたのだという、醜聞が――。しかもミリィと結婚した後は愛人として屋敷を用意して囲ってやると言っていたとかなんとか。
「そんな……なんで、こんな……」
ミリィは呆然とつぶやいた。立ち尽くすミリィの耳に、町行く人たちのひそひそ声が聞こえてきた。
「ほら、見て。あの方よ? ランドルフ様の婚約者様って子……。かわいそうにねぇ。ゆくゆくは愛人と二股なんですって。私、ランドルフ様を見損なったわ! そんな不実な方だったなんて!!」
「でももしかしたらよっぽど不誠実な別れを切り出したのかもしれないわよ? 今になってそんなに怒って自ら噂を振りまくくらいだものっ!」
若い少女たちが、ミリィを遠巻きに見ながらひそひそ同情の視線を投げかけていく。と思えばこちらでは、男たちがなんとも言えないだらしのない表情でつぶやく。
「しょせんはランドルフ様もただの男ってことさ! ユリアナってのはずいぶん豊満な身体つきの色気たっぷりの女らしいじゃねぇか。守り神もやっぱりそういう女には弱いんだなぁ……」
「色気には敵わないってか? でもあのユリアナとはねぇ……。あちこちで男と色々問題を起こしてるって話じゃないか。そりゃああの婚約者って子は、女性としての色気みたいなのはないかもしれないけどさ……」
ミリィの胃がキリキリと痛みだした。
(どうして……?? なんでユリアナ様自らそんな噂を……!?)
確かに婚約が決まったせいで、別れを切り出され泣く泣く別れたのだと言っていた。そのことに恨みを感じていてもおかしくはない。でもだからってこんな噂を流したら、ランドルフの印象が悪くなるばかりだ。
(このままじゃ、ランドルフ様がすっかり悪者扱い……。ランドルフ様は二股なんて考える方じゃないわ! 婚約だってきっと陛下からのお話を断れなかっただけで……)
すっかり噂は町中の隅々にまで広まっていた。こんな話が陛下の耳にもしも届くようなことがあれば、いざランドルフとユリアナの仲を取り持とうとしたところで陛下にふたりの結婚を許してもらえなくなるかもしれない。それじゃあこれまでつかの間の婚約者として頑張ってきたことも、無駄になってしまう。
ミリィはぐっと拳を握りしめ、声を上げた。
「私、ちょっとユリアナ様に会ってくるわ……!! きっと何かの勘違いに決まってるものっ。ユリアナ様がそんなひどい噂を流すはずないのよっ」
「ええっ!? ちょ……ちょっと、ミリィ!?」
「じゃあね、アルミア!!」
ぽかんと口を開いたままのアルミアたちを残し、ミリィは急ぎユリアナがいるであろう町の劇場へと向かったのだった。
 




