ランドルフの決意
『レイドリア子爵家の令嬢との婚約が決まった。この戦いが落ち着いてからの顔合わせにはなるがな……。それまで生き延びるのだぞ。ランドルフ』
戦地でその知らせを聞き真っ先に頭に浮かんだのは、果たして無事に生きて顔を合わせることのできる確率はどれほどのものだろう、という思いだった。
戦いにおける生死など、所詮は運だ。運に見放されてしまえば、どんなに強者でもあっけなく命を落としてしまう。
生きて婚約者との対面を果たすことができるか、それとも亡骸で国へと帰るか。いや、亡骸としてでも帰れるならまだましだ。死に様によってはそれすらできず、異国の地で土塊になるしかないこともある。
ランドルフはいまだ一度も対面していない、直接自分の口で婚約の申込みすらしていない婚約者を思い浮かべた。
(婚約の挨拶代わりにと取り急ぎ、ロイドにあの首飾りを送ってもらったが、早計だったろうか……。本当ならば、会えないまでもせめて自分の目で選び贈りたかったのだが……)
ランドルフが自身の婚約を知ったのは、運悪く戦いで負傷している最中だった。いや、正確に言えば死にかけていた。医者の話では、半日持てばいいくらいの瀕死の状態だったらしい。
が、婚約相手がミリィ・レイドリアだと聞き、驚くべき早さで回復を遂げた。とはいえ、さすがに自力で起き上がれるようになるまでにはそれなりの日数を要したのだが。
だから婚約の知らせを聞いても、自分で贈り物を選びになど到底行けなかったのだ。しかも指一本満足に動かせない状態で、手紙すら書く力もなかった。それで仕方なく、部下であるロイドに頼んだのだ。
『婚約の記念として贈り物をしたい。身を飾るものか何か、見繕って届けてはくれないか? 天使のようにかわいらしい人なんだが……!』と。
よってどんなものを贈ったのか今も知らずにいる。ロイドは女なら誰でも喜びそうな素敵な首飾りを贈ったから安心しろ、と言っていたが。
『あれ? 手紙とかはつけなくていいんですか? 婚約者殿とははじめまして、なんですよね? これからよろしく、とか婚約を結べて嬉しいとか伝えなくていいんですか? ランドルフ隊長』
その問いかけに、しばし悩みはした。
確かにただ品物をだけを送りつけるというのも、いくら戦時下の限られた状況下とは言えあまりに無愛想だろうと。けれど代筆を頼むにはなんだか気恥ずかしく、断ったのだ。
けれど今になって、猛省していた。自分はもしや、とんでもない失態を冒してしまったのかもしれない、と。
(言われてみればよく知らぬ相手から首飾りだけ送りつけられ、困惑したのでは……? しかもけがから回復したからと言って、突然文通したいなど……)
ランドルフの額から、冷や汗がタラリと落ちた。ちょうどそこへ、当のロイドが通りかかった。
「あれ? ランドルフ隊長、もしかして婚約者殿に手紙ですか?」
「ん? あ、いや。そうではないんだが……。ちょっと考えごとをな……。もし向こうが私との婚約やらこうした手紙やり取りを嫌々していたらどうしたものか、と……」
ロイドは自分より三つほど年下の、甘い顔立ちの気のいい青年だった。見た目は軟派でへらりとしているが、いざ戦いともなると冷静かつ大胆な動きで敵をなぎ倒す実に頼もしい部下のひとりでもある。少々女好きなのが難点ではあるが。
ロイドはへらりと笑った。
「喜んでるに決まってるじゃないですか! 嫌ならもっとつれない反応するに決まってますよ。いつも手紙を読んではそんなにデレデレしてるんだから、素っ気ない手紙ではないんでしょう?」
「ん? あ、あぁ。それはそうなんだが……」
「なら隊長も、素直に書けばいいんですよ! 早く君に会いたい、とか声が聞きたいとか」
ロイドにとってはごく普通に口にできるであろう甘い言葉を、自分が簡単に口にできるわけもない。生まれてこの方ずっと、女性とは無縁の暮らしを送ってきたのだ。
「むぅ……」
思わず自信なくうなれば、ロイドが小さく笑った。
「くくっ! 守り神も愛しの婚約者の前ではかたなしですね! ま、天使のようにかわいい婚約者殿によろしくお伝え下さい」
冷やかしの顔を浮かべながらけらけらと笑い声を上げ去っていくロイドを見送り、しばし考え込んだ。
「……ふむ。ならば、とりあえずは自分なりのやり方で互いを知っていく他ないか……。遠く離れている以上、それしかあの人とつながる方法などないからな……」
ランドルフは、遠い日のミリィに思いを馳せた。
早く会いたい。会って、一日も早くあの日からずっと人生をあきらめかけていた自分を救い続けてくれていることを、ミリィに伝えたい。ただひたすらにありがとう、と。そして、どうかこれから先の人生をともに歩んではくれないか――と。
そしてランドルフは次なる手紙をしたためるべく、ペンを握りしめた。
異国の空の下、その大きな身体といかつい顔をした男を縮こまらせ、必死に便箋に向かい一文字一文字思いを込めてペンを走らせる。時折その頬をだらしなく緩ませながら。
その姿を、どこかあきれたように聞こえる声で鳴きながら木の上で鳥が見下ろしていた。




