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1話

 正確に何歳の記憶化は覚えていないが、その光景が一番古い記憶だと断言できる。僕だけでなく、他の人にも一番古い記憶というものがあるだろう。例えば両親との旅行の記憶だとか、友達と公園で遊んでいた記憶だとか、そんななんでもない平凡な記憶から刺激的な記憶まで十人十色だろう。大概、それが何歳の記憶だったのかは覚えてないことが多い。しかし、僕は三歳二ヶ月の記憶らしい。なんなら日付と時間まで判明している。両親が自分の目の前で火だるまにされている光景。あの日、僕が両親と住んでいた家に強盗が入り、僕を人質に取った犯人は両親に火を放った。そんな記憶が一番古いものだったからだろうか、僕の感情は少しばかり壊れてしまっているのかもしてない。

 大学生になった。世間では人生の夏休みだとか言われているが、実際にそんな気持ちで遊びに来ている人たちは、思っていたよりも存在した。毎日人と騒いで何が楽しいのかは分からないが、そんなことも分からない僕には友達ができない。初めの方はせきが近いとか些細な理由で僕に声をかけてくる人たちもいたが、僕が興味がないことを悟ったのか段々とお節介はいなくなっていき、夏休み前の今となっては一人もいない。一年生の間は興味がない一般教養の授業も多く履修しなければならない。無気力な日々は只々何が起こることもなく過ぎた。

 そんな僕が唯一楽しくなるのは読書をしている時だ。僕が読むのはミステリーやサスペンスだけだが、当分飽きることはなさそうだ。大学生になった唯一のメリットは自分の時間が多く取れることと、趣味に使えるお金が増えたことだ。いずれ返金しなければならないことは今は考えたくない。ミステリーやサスペンスの良いところは人の死が必ず関わってくることだ。人の死は千差万別で、その時に抱く感情も同様である。どんな人生を送っていても死は平等に訪れ、すべてを塗りつぶす。その人の人生は死をもって完成すると言っていいだろう。ジェイソンなどの無慈悲なスプラッター映画が人気を保っているのは人間がいつの時代でも死にさらされるという究極の緊迫感に興奮するからだ。

 そんな僕でも夏休みの予定は決まっている。親戚のおじさんが所持している宿泊施設の管理人のバイトだ。都会から離れた山の奥にあり、そんな場所に観光に来るものもいない。静かに自然と過ごしたいと思う年配の方や夫婦くらいだ。近年は近くの渓谷での自殺騒ぎのせいでさらに客足は遠のいているらしい。親戚のおじさんは「本だけはいっぱいあるからゆっくりしとけばいいよ。最近はネット予約で支払いも済ましてからくるお客さんも多いからね」と言っていた。本を読みながらゆっくりしとくだけで賃金が発生するなんて最高ではないか。その宿泊施設の名前は「山条館」。客室十室がすべて二階にあり、一階はソファが二つ置いてあるだけの広間と、本が棚にぎっしりと詰まったに部屋、あとは管理人室と男女兼用トイレ、洗濯室、物置だ。管理人室だけトイレ付の部屋で、シャワー室はない。山条館の近くに温泉があり、そこを利用する前提にこの宿泊施設は建てられたのだろう。そのため、もしも天候不良などで山条館から出ることができなくなった場合、風呂に入ることができなくなる。まぁそんなことになれば風呂どころか、食料不足の問題も出てくる。山条館に常備されている非常食と水しかなくなってしまう。ちなみに僕の普段の食事は温泉施設内にある食堂で取る予定だ。テイクアウトもできるのでそう往復する必要はないと思うが、山条館にも食堂が欲しい。ここまでの記述で分かると思うが、山条館は不便だ。スマートフォンが普及した現代っ子が生活するにはかなり不便だと思われる。電波的な問題は、ほぼ圏外であること、固定電話しかなく、Wi-Fi設備は一切ない。

「空乃宮君、来週はシフト入れないんだっけ」

「はい、別の短期バイトが泊まり込みなので、すみません」

 バイト先のコンビニはいつでも人手不足である。今、僕に生気がない目でため息交じりに話しかけてきているのはコンビニ店長の山本さんだ。どの時間帯に入っていてもこの人はいるし、いつでも眠そうな顔をしている。無骨な黒縁メガネに黒の短髪、無精ひげは剃っているのか判断するのが難しい長さで保たれている。そんな店長も歳は四十を超え、体力も限界が来ているらしい。休憩中にちらっと携帯画面が見えたが、転職サイトのページが映っていた。その時の山本さんの表情は心なしか明るく見えた。

「はは、俺はいつでもこの店に泊まり込みだよ」

 何度聞いたか分からない自虐ネタだ。山本さんの持ちネタみたいになっているが、みんな冗談だと思いたいだけで実際事実の可能性もあるのが怖いところだ。だからみんな乾いた笑いしかできない。

 深夜二時、まだシフトの終わりには数時間ある。この時間の店内の商品を整理するときに出るビニールが擦れる音と、ラジオしか聞こえない。そんな中、自動扉が開く音がした。客がはいってきたのだろうが、作業を止め挨拶をするような気力はない。無気力ないらっしゃいませーという声が聞こえた。さすがは店長だ、僕よりも気力があるようだ。こんな深夜に来店したのは未成年か成年か見分けがつかないタイプの若者男女二人組だ。巷で流行の地雷系という系統で、男の方は片目が少し見える以外は髪の毛の黒とマスクの黒、服装も真っ黒で、ピアスだけが銀色、こんな外見から年齢は分からない。女子の方は黒に派手なピンク色のインナーカラーが入っていて、マスクは黒、服装はロリータ系で、眼の下の涙袋のメイクが特徴的だ。もちろん年齢は分からない。だが、こういった系統の二人組は未成年であることの方が多い。こういう系統の未成年の方が年齢確認必要商品を購入しがちなのだ。交番勤めの警察官はこういう人たちをさっさと補導して家に送り返してほしい。気分転換に深夜徘徊しているのとはわけが違うだろう。これこそ令和の不良だと思う。

 結局二人組はトイレだけ借りて店を出て行った。シフトの残り時間はもうトラックのおじさんたちしか来ないだろう。これ以上遅い時間は若者も滅多に来ない。

「空乃宮君は恋人とかいないの」

「珍しいっすね、山本さんアルバイトの恋愛事情とか興味あったんすか。あ、僕はいないですよ」

 一通り仕事が終わって暇になったのか、山本さんがテーブルをはさんだ前の席に座って話しかけてきた。ちなみに僕はサボり中だ。

「いや、興味ないよ。俺みたいなおじさんが下手な言葉を発しただけでセクハラになる世の中だから。アルバイト同士の色恋沙汰とか見ても見てない知らない聞いてない振りしてるしね」

「じゃあなんで聞いたんですか」

「いやね、空乃宮君にそういう人がいないと思って聞いたんだけどさ。さっき来た若い二人組とかさ今どきの子たちは恋人と深夜徘徊するのが旬なのかと思ってね」

 確かにコンビニは深夜に恋人と行く場所ランキングでは上位に食い込んでくるだろう。同棲している恋人はもちろんのこと、大学生同士の集まりの時に男女で抜け出してくることも多い。山本さんの時代にそういう習慣がなかったのかもしれないが、山本さんの中ではそれらの行為が深夜徘徊になっているらしい。違うと否定していいが、僕自身もそういう大学生活を送っているわけではないので、その深夜徘徊説を完全には否定しきれない。それが深夜徘徊ではなくても、こんな夜遅くに出歩くのは決していいことではないのだ。

「違うとは思いますけど、夜中に出歩くのが怖くないくらい治安がいいってことじゃないですか」

「確かにコンビニ前にいつまでも屯っているバイク集団とか最近は見かけなくなったもんなあ」

 山本さんはしみじみと何かを思い出しているようだ。彼も若いときは暴れまわっている側だったのかもしれない。ちなみに山本さんは僕と同じくらいの身長で高い方だと思うが、肩幅とか少々頼りなさげではある。

 山本さんが聞きたいことはそれだけだったのか、携帯の画面を見たまま話さなくなった。僕から話しかける話題もないので、静寂のまま時間が過ぎていく。その後陽が昇る前に交代んおアルバイトの人が眠たげに出勤した。僕はその人と交代で上がりだ。山本さんはこの先もシフトに入っている。うん、素直にすごい。

「おはよう空乃宮君」

「おはようございます」

「おや、意外と眠くなさそうだね」

「そんなことないですよ。帰ったら速攻寝ます」

 制服に着替えた先輩、水野香奈さんの顔はすでに眠気が飛んでいるように見える。この女性の先輩はフリーターでいくつか掛け持ちしているバイトの一つ目がここのコンビニだ。金に染められた髪は肩下で切りそろえられ、早朝ながらしっかりとメイクもしている。爪には派手すぎないネイルが塗られていて美意識の高さがうかがえる。補足ではあるが、僕と山本さんよりも仕事ができる。水野さんは家がこのコンビニの近所で、仕事外でも遭遇したことがある。

「明日は学校ないの?」

「もう夏休み入ったのでないですよ」

 今日のシフト始まりは日曜日だったが、今は月曜日だ。本来であれば週初めで、こんな時間まで働いていたら月曜日から授業をさぼってしまうことになる。

「いいなぁ夏休み。旅行とか行かないの?」

「来週住み込みのアルバイトしてきます。それくらいですかね」

「思ってたのと違うけど、楽しそうだね」

「はい、楽しみです」

 ではお疲れ様ですといってコンビニを後にする。水野さんも僕がそんな明るい大学生活を送っていないと知っているはずなのに意地悪な人だ。水野さんは高校生の頃からこのコンビニでアルバイトをしている大先輩で、山本さんよりも古株だ。いろいろ苦労しているそうで、尊敬できる先輩の一人だが、大学生というものにあこがれを抱いている節があり、僕の大学生活を過大評価している気がする。

 コンビニから一人暮らしのアパートまでは徒歩で五分だ。その五分で空はかなり明るくなってきた。夏の朝は早いものだ。朝日を浴びればセロトニンが分泌され、脳が活性化されると聞いたことがあるが、今の僕の脳は睡魔コーティングがされているのでそんなものでは目が覚めたりしない。眠い。

 重い足取りでアパートの階段を上り、二階のフロアの廊下を進む。二〇三号室の前で立ち止まり、しょぼしょぼの目で鞄の中から鍵を探し、鍵穴に刺す。右に回してドアを開くと、カーテンで日光が遮られて薄暗い部屋が迎えてくれる。見持つを玄関先に置いて、その部屋に入る前に左に曲がって洗面所で手を洗い、服を脱いで風呂に入る。僕は風呂に入ってからじゃないと寝れない派なのだ。シャワーで目が覚めるという人もいるが、僕は全く共感できない。眠い時は眠い。シャワーから浴び、ドライヤーで髪を乾かして、歯磨きをして、パンツを履いてベッドに飛び込む。ここまで帰宅してから二十分だ。夏はパンツ一枚に布団を被るのでちょうどいい。目を瞑ればもう開く気はしない。さあ、夢の世界へ。


 白い部屋。窓の淵は黒、外の光景は内壁と一緒の白。キッチンも白。扉はなく、その先に続くのは黒の廊下だ、先は見えない。自然と廊下の先に向かう足が向かうが、窓の方に体が引っ張られる。窓に近づくほど息苦しくなり、もがくように廊下に向かって走り始めるが、窒息する方が早く、意識がもうろうとして、そのまま失神してしまう。そして意識は部屋の中心でリポップする。不審に思い窓の方を見つめるが、そこには何もない。不信感を抱きながら再び廊下に向かって歩き始める。だが、圧迫感が迫ってきて息苦しくなり、そのまま飲み込まれてしまう。そしてまた部屋の真ん中にリポップする。

 ああ、夢か。

 声は出ないが、ここまで不可解なことが起これば夢だときづくことができる。しかし、気づいたところで夢から覚めるわけではなく、むしろ窓への不信感は高まっている。心なしか廊下までの距離が長くなっているように感じる。何度も窒息する感覚に襲われ、窓への不信感は恐怖心に変わっていく。自分はどこへ向かっているのか、ここからどうすれば脱出できるのか、どうすれば、どうすれば。

 この窒息で終わってくれないか。

 何度もリポップする中で、もしかしたらこの失神で終わりになるかもしれない。死ねば解放されるかもしれない。先が見えない中足掻いて生きるよりもこのまま死んだ方が楽だろう。そんな思いに支配される。

「……変な夢だったな」

 結局あの状況を打破することはかなわず、夢から覚めた。なぜかすがすがしい気持ちだ。あれだけの眠気があったのに夢を覚えているほど眠りが浅くなったのか。外を見ると太陽は昇りきって今日一の熱量を持っていた。暑さと眠気が喧嘩した結果、夢を見たのだろう。夢の中は寒気の方が強かったな。

 現代っ子の特徴なのか、この世の中様々な刺激に満ちるようになった。簡単な話、スマートフォンの中にはほとんどの情報が詰め込まれている。新たな情報や経験は感情を動かし、人生に刺激を与える。しかし、その刺激も慢性化すれば脳にも耐性ができ、刺激を感じ取ることができなくなる。僕の場合、普通に生きていたら得られないような刺激的な記憶があるせいで、滅多なことでは感情が動かなくなった。そうした中で強まっていくのは虚無感。何を目的に生きているのかもわからない日々。刺激がないと人間は人間で足りえない。

 そんな日常から目をお向けるように小説の世界にのめり込む。そこに在るのは作者によって綴られた架空の現実。忠実に表現された世界観の中で起こる刺激的な惨劇。それを疑似体験している間は感情も揺れ動く。

 布団から這い出て、両手を天井に向けて背伸びをする。僕にとっての朝食、世間では昼食の準備を始める。夏休みが始まった。


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