夜を廻る
深夜、道を歩いていると……
ブン! ブン! と何かを振るような音が聴こえ、足早に向かった。
音の正体は少年の素振りであった。
野球には詳しくはないが中々いいフォーム。しかし、なにかおかしい。
そう思い、さらに近づくと抱いた違和感の正体に気づいた。
少年が振っていたそれはバットではなく――
深夜、道を歩いていると……
電柱の下で立ち話している二人の主婦らしき女がいた。
声を潜め、何か囁くように会話してはゲハハハと品のない大きな笑い声を上げる。
それは、繰り返すほどにどんどんその差が大きくなり、ついに笑い声は耳を劈くほどに。
俺は主婦たちに近づいた。すると主婦たちは顎を引き裂かんばかりに口を開け――
深夜、道を歩いていると……
誰かの家の塀に額をつけて立っている男がいた。
具合でも悪いのか? と、俺は思ったが、近づいてみると違うらしい。
塀には穴が空いており、男はその穴から中を覗いているようであった。
よく見れば穴は他にもいくつかあった。俺はその穴の一つを覗き込もうとした。
すると、突然バン! と男が手で俺の前の穴を塞いだ。
その手の甲にはいくつもの目玉があり、そして――
深夜、道を歩いていると……
恐らく、中年の男の呻き声がした。酔っ払いだろうか。
俺は意気揚々とその声のもとに向かったのだが、そこには誰もいない。
空耳か、と思っているとまた声がした。
どうやらそれは側溝の中からしているらしい。
俺はゆっくりと側溝に近づいた。
すると突然、側溝の蓋の網目から指が飛び出した。
しかも、その指は全て親指であったのだ。そして指はまるで寄生虫のようにうねり――
深夜、道を歩いていると……
うしろから自転車が――
深夜、道を歩いていると……
歌をうたう男が――
深夜、道を歩いていると……
悲鳴だけが――
深夜、道を歩いていると……
道を歩いていると……
歩いていると……
歩いて……
引き摺る足を止め、色がつき始めた空を見上げた俺はため息をついた。
朝焼け。ここまでだ。
まただ。また駄目だった。また越えられなかった。また……
今夜も幽霊しか見かけなかった。
過疎化が進んだのか、この市内では深夜、人の気配をまったく感じられない。
日が経つにつれ、化け物染みていく彼ら幽霊しかいない。
なぜこうも人がいない。寂しい会いたい見たい声が聴きたい悲鳴を……。
そう思うのだが、何かがおかしい。
この市、この夜の向こうでは何かとんでもないことが起きているような気がするが
昔、深夜の散歩中に車に轢かれて死に、幽霊となった俺もまた
それが何か知ることができないのだ。